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流れゆく日々 3

 嫌な客がきた。 静流は瞬間そう思った。 「ほんま静流はかわいいなぁ…」 そんなことを考えている余裕も与えてくれない 早くも生温い舌が下品な音を立てて静流の耳に捻じ込まれている。 『別サービスの部屋』では何でもやり放題とは言え、一応ホールではあまりにも度の過ぎる行為は慎むのがマナーと言うものだ。だがこの成金男、金さえ出せばなんでも自分の思い通りになる、思い通りにならないと気が済まない、そんな人間なのだが、運悪く静流をえらくお気に入りである。 「なぁ…久しぶりにおっちゃんとヤろうや…」 わざとらしく大きな音を立てて下の中をこねくり回す。 「ここでは困…っ」 「もーガマンでけへんねや。倍払うし…ええやろ?」 ええやろ?とききながらも手はとうに静流の下半身に伸びている。 「みんなにも見したいねん。おっちゃんがどんだけうまいか、静流がどんだけかわいいか…」  いやだ。 こんな大勢の目前で、こんな醜くて欲望のみの、愛してもいないオヤジと…  もがく静流の目には、遠くから興味本位で覗き込む他の客や、見てみぬフリをするしかない司の顔が映っていた。 みんな、見てる―――紫苑、だって…… 「そら、みんな羨ましそうに見とるやろ。ほな、いよいよ…」 大きく抱えられたかと思うと、あっという間にうつ伏せにされた。 腰を高く持ち上げられる。  死んだ方がましだ――そう思ったとき、背後で派手にガラスの割れる音がした。 そして、スケベ男の悲鳴。  振り返ると、頭からガラスの破片をかぶってキラキラしているオヤジと、そのまた背後に割れたビール瓶を振り下ろした格好のままの紫苑がいた。 「こんのエロオヤジ~~~~」 「なんやお前は!」 「お前こそなんじゃい!こんなとこでこんなことしていいと思ってんのか!!」  その後の騒ぎは覚えていない。 静流はただただ助かった、とだけ感じて、その場をどうにか逃れた。 そしてきちんと衣服を整えると、またエロオヤジのもとへ戻って言った。 オヤジを降り回している紫苑を制止して、オヤジに向き直る。 「お客様」 当然オヤジはカンカンだ。 「なんなんやこいつは!え?!」 しかし、耳元で静流が 「続きは別室で」 と囁くと、一転ニコニコ顔になり、喜び勇んで静流と別室へ消えた。  厄介なのは―― 静流はかろうじて正気を保つために、考えた。 厄介なのは、このオヤジがめちゃめちゃうまいことだ。 本当に僕の体を知り尽くしている。 それがまたオヤジを歓ばせる――。 今日ほど『別サービス』が辛いのは初めてだよ、紫苑……。  紫苑の前の灰皿が山を作る。 今思えば―― 紫苑はなんとか苛立ちを押さえるために、考えた。 今思えば、俺らってお互い見てる前で体売って…何も思わんかったのが変なんだよな。 今、あの部屋で、俺のしずが、何されてるんだ――?

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