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流れゆく日々 6

 身も心もとろけそうだった。 軽く啄ばむような、優しいキス。 申し訳ないほど丁寧な愛撫。 そして時折囁かれる、甘い言葉。  高杉さんとするのは好きだ。 自分本位じゃないところがいい。 行為そのものよりもムード重視のところもいい。 「座って」 さて、という時の意外な要求に、静流はきょとんとした。 高杉も横に座ると、静流の肩を引き寄せて顔をくっつけた。 「今夜はずっとこうしてよう。いつもみたいにして、寝てじゃ勿体無いからね。今日は静流くんといれる最後の夜だもの」 「高杉さん…」 バキッ。 「しんっじらんねー!!何も朝帰りするこたねーだろ!」 眼の下を真っ黒にした紫苑が罵る。 「――仕事なんだからしょうがないじゃないか」 そう答える静流は紫苑を見ていない。 「仕事仕事って…またものわかりのいいおぼっちゃまかよ!!」 「君はこれまでそうじゃなかったんだろうけど、社会に出ればやなことだって何だってしなきゃいけなくなる…」 「るせーやい。てめーの説教なんぞ聞きとーないわい」 ばこっ。 「いつまでも子供みたいな事言ってられないんだ。少しは大人になりなよ」 冷ややかに紫苑を見遣る。  違うだろうが…あいつと話すときはいつもの営業用の顔じゃねーじゃん。 紫苑はノドまで出かかった言葉を飲みこんだ。 「少し寝るよ。4時ごろ起きるから、何か食べに行こうか」 静流の問いにも行かない、今から出かけて直接店に行くとだけ告げて、紫苑は出ていった。 しずのヤツ――ちゃんと謝るまで許してやんねぇ!! 「よう、静流」 司が驚きの混じった声で言う。 その声に振り返った紫苑はむっときた。 「今日できたんです、前から仕立てて下さってたのが…」 少し照れながら歩いてくる静流は着物を着ていて、横には同じ柄で色違いの着物を着た高杉がいた。 「かわいい、静流ちゃん!!」 「ステキねぇ~、お似合いよ!」 「キレイだねー」 周りの感嘆の声が、紫苑をより一層不機嫌にする。 「しず!見損なったぞ、この尻軽!!」 「尻軽って…」 静流は顔を赤らめながらも続けた。 「紫苑何取り乱してるの。ただお客様にプレゼントしていただいただけじゃないか」 そう言って紫苑を店の裏へと促した。 「最近おかしいよ、なんでそんなにムキになるの?今までにもよくあったじゃない」 「……」 静流が一生懸命問いかけても、紫苑は静流とは反対の方を向いて、腕を組んだまま口を開かない。 「…わからないよ。僕は紫苑のだって言ってるだろう?何が不満なの?」 静流の表情が少し歪みだした。 相変わらず顔はそむけたまま、紫苑が口を開いた。 「…相手が高杉だからだよ!お前の高杉見る目――客見てる目じゃねぇよ。今日だって同伴なんかして…来るまで何してたかわかったもんじゃねーよな」 ぷち。 「紫苑…そんなに僕のこと信用できないの。そんなに自分に自信がないの?!紫苑はもっと自信に満ちてて…」 「るせえよ。そーさせたのはてめーだろ」 ガマンできないといったように紫苑が低く重い声で静流を遮った。 みっともないことをしている、わかっている。でも、どうしようもない――― 「サイテー」 そう吐き捨てると、静流の呼ぶ声にも全く耳を貸さずに店内へ戻って行った。 「どうだった?紫苑くんは。僕余計な事をしてしまったかな…」 静流が店に戻ると、高杉がいても立ってもいられないという様子でうろうろしていた。 「気にしないで下さい。いつものことです」 無理に微笑んでみたが、ウソだった。 『サイテー』なんて言われたのは、初めてだ。

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