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流れゆく日々 9

「しずただいまっ」 翌日二人は公休日。 紫苑が買い物から帰ると、静流がうたた寝していた。 顔には就職誌を乗っけている。 そっと雑誌をどけると、静流の寝顔。 眼鏡をかけたまま寝ている。  紫苑は懐かしくなって、静流の寝顔を前に思い出にふけり出した。 眼鏡が取り持った縁、といっても過言ではないかもしれない。 初めて会うなり眼鏡を割って、弁償して、コンタクトにしろと言ったらすぐコンタクトに変えてきた静流。  そんなことを思い出してニヤニヤしてると、静流が目を覚ました。 「紫苑…帰ってたの。何買いに行ってたの?」 「そ、そこに袋あるから見ろよ」 言い捨てると、紫苑はなんだか急にいそいそと洗面所へと消えてしまった。 袋を開ける。缶ビール、CD、………?! 「紫苑、これ…」 洗面所で顔を洗う紫苑はドキドキものだった。 静流はああいうのキライそうだから、買うには勇気が要った。黙って反応を待つ。 しかし、沈黙は破られない。  こわごわ静流に近づき、声をかける。 「怒った…?気に入らねー?」 振り返った静流は少し頬を紅潮させ、至福の笑みを湛えていた。 「嬉しいよすごく…ありがとう」 紫苑が買ってきたのは、ペアのリングだった。 本当にシンプルで、言葉を変えればつまらないカットリングだが、裏にはちゃっかり互いの名前が彫り込まれていた。  嬉しい予想外の反応に満足したように、紫苑はニコニコしながら静流の指にリングをはめた。 「ねぇ紫苑…僕あの店辞めようと思うんだ」 しばらくして、いつものようにいちゃついている時に静流が言いだした。 「ああいう仕事してるせいで紫苑に余計な心配させてしまうんだと思って…」 静流の言葉が終わらないうちに紫苑が返した。 「なぁ…しずは『余計な心配』ってねーの?」 「ある。だから紫苑も一緒に辞めて!」  この言葉を発するには、静流はかなりの勇気と決断を要した。 なんて勝手な事を言っているのだろうと、自分で自分を認めたくなかった。 自分の我侭で紫苑の職業を変えてしまうなんて、なんという傲慢、何様のつもりか。  そんな気持ちが常にあるので、静流はなかなか人に甘えたり頼ったり、ましてや我侭を言ったりとてもできないのだ。 だがここへきて遂に言ってみた。 紫苑はどういう答えを返すだろうか――?  そんな事がぐるぐると頭を駆け巡っている間、紫苑は何も言わずただじっと静流を見つめていた。 が、暫くしてにへら~と顔を緩ませた。 「しず…辞める辞めるっ!しずのいうこと何でも聞くもん!」 ぎゅ~っと静流を羽交い締めにして、頭をぐりぐり押しつけた。 やっと、しずのほうから我侭言ってきた。 はじめてだ――  そして、二人の就職活動が始まる。

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