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流れゆく日々 10

 ―――とは言っても。 紫苑は途方に暮れていた。 静流からの初めての欲求を喜んだのもつかの間、今のご時世、しかもこの性格。 職探しは一気に暗礁に乗り上げた。  何の資格も無い上に愛想は振り撒けんわ、このいでたち…とてもカタギの商売には――。 「暑いねー。どうだった?」 その点。 紫苑より一足遅れて帰ってきた静流は、髪をきっちりと分けてスーツ姿。 どこから見ても立派にリクルーターしている。  静流の問いに、紫苑はただ黙って首を横に振るばかり。 「…うん、そのカッコじゃ無理だと思う。僕のスーツで良かったら着たらいいよ、髪だって切らなくてもなんとかもうちょっと…」 「い・ら・んっ!」 イライラ。 なんでカッコなんか気にしなきゃなんないんだ。  初めての就職活動に四苦八苦する紫苑であった。 そんなところに追い討ちをかけるように。 「――でね紫苑。僕就職決まったんだ。高校の時の先輩で予備校の講師してる人がいて、僕もそこに…」 イライラと同時に焦燥感が募った。 どうしよう、どうしよう。 今の店も今月いっぱいって言ってあるのに…。  そんなブルーな気分のまま、夕方には出勤。 すると突然、一人の客がさめざめと涙を流しながら駆け寄ってくるではないか。 「紫苑ちゃん!今月いっぱいで辞めちゃうってホントなのォ~?!」 ナーイス、と心の中で叫んだのは紫苑。  実はこのおカマ、もといお客は、いまや押しも押されぬ新鋭デザイナー、イケダキミオその人である。 以前お遊びで紫苑もショウに出た事があり、何より紫苑にベタぼれのゲイなのである。  突如、紫苑は池田氏の胸倉につかみかかった。 「おいおっさん!俺雇ってくれ!!」 横にいた静流は鳩が豆鉄砲を食らったような顔でぽかんとしていた。 「え、ええっ?!そ、そりゃあのショーは評判も良かったし…紫苑ちゃんがうちの専属になってくれるんならそりゃこっちも嬉しいわよ♪」 「ホント?!」 浮かれる紫苑に重ねて言う。 「――で、静流ちゃんはどうするの?」 その問いが言い終わらぬうちに紫苑はきっぱりと矛盾した答えを返した。 「あいつを、不特定多数の目に晒すよーなマネすっか!」  馬鹿さ加減に飽きれてとうとう静流が口を挟んだ。 「紫苑、モデルなんてしたら『余計な心配』が増えるだろ?!」 一体何の為に転職を言い出したのかわかってるのか。 だが、そう言われた紫苑はニヤリと不穏に笑って、 「俺は大丈夫だよ。公私混同したりしねぇから」 と言ってのけた。 「その『は』って…イヤミか?」 顔を引きつらせて静流が問い返す。 しかし、答えも待たずに 「勝手にしろっ!!」 紫苑の頭に一発置き土産を残してどこかに行ってしまった。焦るのはイケダ氏。 「い、いいのかな?」 「いーんだよ、勝手にしろって言ってたしィー」

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