52 / 87

流れゆく日々 11

 数日後。 いよいよ静流の初出勤の日が来た。 今まであんな職についていたので、朝早く起きる事自体久々だった。  そして、初体験の地下鉄のラッシュ――。 慣れない生活リズムとラッシュにもまれて、静流は先が思いやられていた。  と、その時。 (ひ―――っ!ち、痴漢…?!やめろぉ~っ) 始めお尻を遠慮がちに触っていた手は、静流が抵抗できないのを知るとどんどん図々しく、前にまで手を回してきた。そこまでされて、次の駅で静流は電車を飛び降りた。 まだまだ乗っていなければならない電車が発車して行くのを、虚しいような悔しい気持ちで見送った。   その日は初出勤と言っても契約書を書かされたり、構内の案内をされたりで実際の授業などは無く、4時間ほどで帰る事になった。  朝の痴漢のせいで、せっかくの初出勤が1日中ブルーになってしまった静流がとぼとぼと岐路についていると、百貨店の大きなショーウィンドウに大判のポスターが貼ってあるのが目についた。  デザイナー名以外何も書いていない、シンプルなポスター。 全体にダークな色使いで、モデルの顔も髪に隠れて良く分からない。 そんなポスターがなぜ静流の目にとまったのか。 それは、モデルの顔が、良く知っている顔だったからだ。  全然知らなかった。 あんなにいつも何でもかんでも話してくるあいつが、何も言って来なかった。 僕が反対してるからって…。 「しずーただいまー♪」 いつものように上機嫌で紫苑が帰宅。 一方静流はというと、やはり朝の出来事が忘れられず、素直に出迎えてやる事が出来ない。  そんな静流の様子にはまだ気づかぬ紫苑。 早速今日から貼り出しの例のポスターを自慢げに見せびらかした。 しかし、反応が重い事にようやく気づく。 「しず…もしかして、まだ怒ってる…?」 しょんぼりとする紫苑に我に返り、静流は慌てて否定する。 「あ、違うんだ、今はもう紫苑の仕事認めてるよ、ただちょっと…」 それだけ言うとまた静流はブルーモードに入ってしまった。 「ぬゎぬぃ~~~~~~?!痴漢に遭ったァァ~~~~~~~?!」 事の成り行きを聞いた紫苑は、鬼瓦のような顔になり烈火の如く怒り出した。 「何で声あげなかったんだよっ」 「恥ずかしいじゃないか!男なんだぞ?!」 「んじゃ誰かもわかんねーの?!」 「…うん」 「ちっきっしょォ―――俺の愛しのチェリーくんに気安く触るたぁえー根性しとるやんけっ」 もはや一人で興奮中の紫苑に、静流は付き合う余裕は無かった。

ともだちにシェアしよう!