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流れゆく日々 12

 翌朝。 イヤでも朝はやってくるわけで。 「イヤだな…またあれに乗るのか」 と何かのアニメのキャラのような台詞を吐きながら静流は身支度を整えていた。  家を出ようとドアを開けたところで、寝ているはずの紫苑の声。 「あ、しず、待って」 ごそごそと起き出して着替えている。 「どこ行くの?昨日遅かったんだからゆっくりしてなよ?」 「そーはいかねえ」 フフッと笑うと紫苑は車のキーを取った。 「ごめん…」 二人の乗った車は静流の勤める予備校に向かっていた。 「助かったよ。帰りはラッシュとぶつからないから大丈夫だし」 「そうだな…と、おいもうそろそろ行った方が」 突然、唇をふさがれた。 長く付き合っていても、数えるほどしかない、静流からのキス。 ほんの一瞬の出来事。 「ホントありがとね。じゃあ」 逃げるように車を降りて行く。 きっと恥ずかしくて照れくさくてしかたないんだろう。 でも、静流なりのせいいっぱいの愛情表現、感謝の気持ち。 (ちきしょー、かわいーぜっ!) 紫苑は感動のさなかにいた。  本当はウチの中のオリにでも入れておきたい。 今ごろどんな人と出会って、何を話しているんだろう。 ちゃんと初対面の人ともうまくやってるだろうか、誰かにいじめられてないだろうか。 家に帰って寝なおそうにも、眠れない紫苑であった。 (こんなんならまだ店で目ェ届いてた方がマシだったわい!!) 何度目かの寝返りを打った。 「えー、今日から5日間この『私大英語』を担当します、速水です」 だだっぴろい、大学の講堂のような教室。 そんな教室の教壇に立ち、マイクを使っての講義。 静流でなくても、かなり緊張する。  90分が長すぎる。 今まで教師達を面白くない、教え方が悪いと思ったことは何度もあったが、いざ自分でやってみるとこうも難しい物なのか。  早く終わって欲しいと願う反面、予定通りの所まで進めないと後が辛い。 かと言って早足で進めてしまっても理解されない。 何を講義したか自分でもわからないうちに、初日が終了した。 「じゃあ今日はここまでにします」  ほっと軽い溜息をつき、さあ教室を出ようとした時。 「速水先生」 「は?!」 先生と呼ばれなれていないので、つい素っ頓狂な声をあげてしまった。 「質問があるんですが…」

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