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流れゆく日々 15
疲れた…どうして休み時間まで女子生徒に寄ってこられるんだ…
1日の勤めを終えた静流がふらふらと予備校を出る。
彼はまだ自分の魅力に気づいていないらしい。
「…静流くん?」
聞き覚えのある、しかし遠慮がちなその声に、静流の足が止まる。
声のほうに目をやると…
「久しぶり」
「高杉さん…」
みるみる静流の頬が紅潮した。
「新しい仕事はどう?」
「ええ、まあ何とかといったところで…」
他愛のない世間話、近況報告。
久々の再会に、静流の胸は知らずに躍っていた。
外で見る印象がまた違うのも、静流に新鮮な刺激を与えていた。
「せっかくだから食事でもどう?ホントに食事だけだから」
最後は苦笑しながらそう言う高杉。
二つ返事で行きたい、―――けど。静流は戸惑う。
"行っても流されない"という自信が、今の彼にはなかった。
「―――今日はやめときます」
翌日は講習の最終日だった。とりあえず、1クール終了。
ほっとしながら予備校を出た静流の正面に、高杉が小さく手を振っている。
「ごめんね、待ち伏せなんかして…静流くんがここで働いてるって知ったら、じっとしてられなくて…」
この期に及んで高なる鼓動、荒ぶる動悸。
脈は早まり顔は上気する。
平静を装うがからだ中が高杉との再会を喜んでいる。
「一緒に帰らせてください」
「…喜んで」
一緒に帰るぐらいはいいだろう、と思ったのが甘かった。
高杉は車で来ていた。
乗るように促され、迷ってはいたがまさか『車なら一緒に帰れません』と言う訳にも行かず、良心の呵責に苛まれながらも静流は高杉の車に乗った。
結局何もなかったが、何となく部屋に戻るのがはばかられた。
しかし―――
「しずーおっかえりィ!もうすぐできるからなっ」
何やら紫苑は料理でもしているようだ。
「え、紫苑が作ってくれてるの?」
「…そーしたかったけど…できんかった」
「そんなことないよ、すごくいいにおい…」
そこまで言ったら。急にキッチンから人影が現れた。
今時珍しい漆黒の髪、黒目がちの大きな瞳、凛とした面持ちはなかなかの美形と言える。
「僕が作ってます」
凍りつく静流などお構いなしに悪びれる様子もないその他人と、ニコニコ礼を言う紫苑。
再びその人がキッチンに消えるのを確認するやいなや、静流は表情を一変させた。
「紫苑。あの人は?」
まだまだ上機嫌な紫苑はあっけらかんと答える。
「イケダの助手の忍クン。友達んなってさー」
ついに静流が紫苑の胸倉を掴んで問い詰める。
「なんでそうのほほんとしてるの?!罪の意識とかはないわけ?」
ようやく事の重大さに気づいてあわてる紫苑。
「待て、落ちつけ!アイツは女だ!!」
掴んだ手を離し、静流は一瞬納得しかける、がしかし。
「…って紫苑は、どっちもアリなんだろー?!」
「あいつは大丈夫だって!!彼女いるからっ!」
騒ぎを聞きつけてその人――忍と呼ばれたその人――が応援に駆けつけた。
「そうですよ静流さん、心配しないで。ぼく男にはぜんっぜんキョーミないですから」
仕度が出来たから帰ると言い残し、彼女は帰っていった。
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