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流れゆく日々 18

 カチャ ドアノブの音に野性的に反応した紫苑。 「紫苑ただいま、ちゃんともど…」 静流の挨拶も言わせず、全力で抱きしめてネコのように顔を全身に擦り寄せる。 「ずっと不安だったんだ、戻ってこねーんじゃないかってずっと…」 鳴きそうな声で不安を訴える。 「気ィ狂いそうだったよ…しずの家族に何言われてもついてくんだった」  さすがに言ってて恥ずかしくなってきたのか、少し頬が赤い。 そんな紫苑を静流は我が子のように優しく抱きしめた。 「母さんね、僕らのこと許してくれたよ」  一週間ぶりの会話、一週間ぶりの二人で摂る食事。 くつろいでいると、紫苑が徐に話し出した。 「なぁしず…」 「ん…?」 「俺さ…バイト始めるんだ」 そう言った紫苑の目は泳いでいる。鼓動も早まる。 「バイト…?どうして?」 「どうしてって…ほら、モデルだけだと稼ぎが足りねーし…」 え、といぶかしんで静流が体を起こす。 「なんで?仕事は一杯あるのに紫苑が蹴ってるって聞いてるよ?」 誰がそんないらんことを、と内心怒りながらも紫苑は笑顔で続けた。 「あ…ああ、まああのオッサンのしごとしかしねーってことにしてるけど…モデルってけっこーメンドーなんだよな」 アハハと笑う紫苑に静流の雷が落ちる。 「メンドーって何だよ?!まだまだ新人のクセに仕事よりごのみしてちゃダメだろ!!僕の反対を押しきってまで始めた仕事だろ!」 紫苑は突然キレられ、びっくり仰天で目を見開いたままである。 が、とどめに 「たまには一生懸命必死になって努力してみるのもいいんじゃないの?」 と冷たく言い放った静流の言葉に、逆ギレした。 「俺は…お前の事ならいつだって一生懸命必死になって努力してる!!!」 荒々しく足を踏み鳴らし、ドアを乱暴に閉めた。 一本とられた静流はその場に立ち尽くすだけ…。  何を考えてるのかさっぱりわからない。 どうしてああちゃらんぽらんなんだろう。 後から後から怒りが込み上げるが、馬鹿馬鹿しいので明日からの講義の予習を始めた。

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