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流れゆく日々 23

「まぁ静流ちゃん!」 池田の素っ頓狂な声。 紫苑が驚いたのは池田の声にではなく、突然の静流の撮影所への訪問。 「紫苑。今日から早く終わるんだよ、だからちょっと寄ってみたんだ…紫苑?」  今すぐ抱きしめたいほど嬉しかったが、紫苑はさっきの忍の言葉を思い出した。 「こっ、こんなトコまでくんなよ、気ィ散るだろっ」 静流の表情がはっと暗くなった。 「そう…だよね、ごめんね、じゃ終わるまで外の店ででも…」 「待ってなくていーよ。帰れ!」 「…うん、わかった…」 萎れた花のようにしょんぼりとした静流の方を見もせず、紫苑はくるりと背を向け、奥へと消えた。 「すみません、お邪魔しました」 痛々しい静流に池田が思わず声をかける。 「いいえ、アタシは全然!それにしても紫苑ちゃんどうしたのかしら」 「ちょっと紫苑、僕別に冷たくしろなんて言ってないよ?あれ言いすぎじゃない?静流さんかわいそ・・」 忍が紫苑に詰め寄ると、今にも泣きそうな顔で紫苑が振り向く。 「やっぱり…?」 自分の馬鹿さ加減に呆れ果て、自己嫌悪に陥りながら重い足取りで帰宅。 帰ったらうんと優しくしよう、そう決心して、怖々ドアを開ける。 「し、しず…ただいま…」 静流はベッドで頭から布団をかぶったまま、出て来ない。 「しず…?」 「ごめんね。紫苑のことちっとも考えないで図々しく仕事場まで押しかけたりして………。 でも、だからって…あんな酷い言い方…!」 布団の上からでも小刻みに震えているのが分かる。 「ぼ、僕はただ、一度紫苑が仕事してるトコを見てみたいと思って…だって紫苑仕事のこと全然話してくれないから…」 紫苑は何も言い返せず、傍らに立ち尽くしたままでいる。 「紫苑と離れて仕事するのがこんなにつらいなんて…もう、愛想尽かした?僕いつも紫苑怒らせてばかりだし…」 「違うんだよ!!…しずは何も悪くねーんだよ」  ベッドの横に座り、布団に突っ伏して謝る。そして後悔の嵐。 こんなの、あの時と同じだ。 つまらない意地張って、あの時と同じだ。 忍らには忍らの、俺達には俺達のやり方があるんだ。 「しず…顔見せて」 「…いやだ。すごくカッコ悪いもん」 「頼むよ、キスもできねーじゃん」 ゆっくり寝返りを打って少しだけ布団から顔を覗かすと、紫苑も目に涙を溜めていた。 「な。俺もおんなじ」 目に涙を浮かべていようが、鼻が赤く染まっていようが、その時の紫苑は本当にカッコ良かった。 「紫苑は何しててもカッコイイよ」 静流も泣きながら笑っている。 「なぁしず、顔全部見せて」 「紫苑も入ってくれば…?」 少し顔を赤らめて静流が言う。 「俺…今日は反省してんだ。今日はしずとヤる資格ねぇよ」 「(別にやれとは言ってないけど)何らしくないこと言ってるの」 「しずにあんな酷い事言ったのは忍にちょっと気になること言われたからなんだ。それに今日…本屋であっきー…初恋の人に告白された。俺、すぐに返事できなくて…!」 相変わらず目だけ布団から出していた静流が、無言で徐にむくっと上半身を起こした。 「―――躊躇ったの?」 「ホントごめん…頼むからそんなカオすんなよ…」  不謹慎ながら、その時紫苑は嬉しかった。 ここ最近、紫苑の言動に静流が一喜一憂することが多くなってきたから。 やっと今、同じ土俵に立ったという気がしていた。 「…ずっと平穏な日々が続くって難しいもんだな」 二人仲良くベッドで並んでのトーク。 「紫苑、忘れたの?『俺と波乱万丈に生きろ』ってすごいプロポーズしてくれたじゃない」 心休まる暇なんてなくていい、どんなことがあったって最終的にこうしていられれば。 紫苑のせいで泣いたり怒ったりすることも、静流の幸せの一部なのだ。

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