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流れゆく日々 31
「高杉…」
紫苑は無理やり半身を起こした。
やはりこんなときでも、高杉に無様な格好を見られるのは恥ずかしかった。
「紫苑くん、大丈夫ですか」
数分の後、高杉は紫苑の傍らに近寄った。
紫苑は自分の体のことよりも気がかりなことがあった。
「…倒したのか?」
「これでもいろんな武道かじってまして」
傷一つない上品な顔で、にこやかに微笑む高杉だった。
よくよく見渡すと、なるほど遠くの人の通らないところで暁がのびていた。
「事情はよくわかりませんが、僕の働いている店が近くにあります。傷の手当てを―――」
敵に塩を送られ、紫苑はきっと高杉を睨んだ。
「いらねーよ!こんくれーっ」
高杉は表情を変えず、ひとつ小さなため息をついた。
「子供だなあ。そんな傷のまま帰ったら静流くんが心配するでしょう?別に恩売ったりしませんよ」
「……」
紫苑の完敗。
高杉の店に到着し、おとなしく傷の手当てを受ける。
「さっきはその…助かったよ」
言いたくないが言わなければ、という感じで、重い口調で紫苑は高杉に礼を言った。
「いいんですよ。あなたに何かあったら静流くんが悲しむ」
「何っ?!それだけのために助けたんかっ?!」
「そうしておいたほうが紫苑くんも気が楽でしょ?」
かなわない。
紫苑は素直に思った。
「…恐れいるぜ。さすがしずが浮気しかけたことはあるな」
両手を上げて降参のポーズをすると、高杉もニヤッと笑って言う。
「紫苑くんもたまには思わせてくださいよ。『こいつにはかなわない』って」
「『たまには』だと?いっつも思とれ!!」
ギャーギャーわめく紫苑。
高杉はわかっていた。そういうところもいいんだろ、静流くんは。
帰りにまたキツイ一言。
「紫苑くんに愛想つかしたらいつでも僕のところに来るように言ってあるからね。せいぜい大切にしてくださいよ」
………高杉、恐るべし。
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