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【パラレル】招かれざる客 8
気がつくとおぞましい夜は明け、光々と朝日がさしていた。
静流は?!と我に返った紫苑は、自分の腕に心地よい重みがかかっているのに気づく。
見ると、紫苑に腕枕されてすやすやと寝息をたてる静流が横にいた。
ほっとしたのもつかの間、昨夜の事を思い出し、ぞっとする。
あの男は本当に吸血鬼だったのか?あの図書館の館員は何者なんだ…?
「しず…?」
恐る恐る静流を起こす。
目覚めて朝日を恐れたら…内心怖くて仕方がない。
「しず。起きろよ。メシ食お」
「ん…」
むっくり起き上がる静流。
眠そうに目をこするその顔色はすこぶる良かった。
「あれ、なんで…僕縛られてなかった?」
平然と、日溜りの中で首を傾げる静流。
日光を通して茶に透き通る髪、まぶたの下に影を作る長いまつげ、日差しの中で見る静流のすべてが、久々に見る芸術品のように見えた。
「しずぅぅぅっ」
紫苑は顔をくしゃくしゃにして、静流をちぎれるほどに抱きしめた。
たらふく朝食を摂った後、二人は例の図書館へ向かった。
館員の姿は見当たらず、違う職員に尋ねたてみると、昨日付けで退職するとのことで、今丁度挨拶に来ていると言う。
二人は事務所へと向かった。
「やぁ…その調子だと回復したみたいだね」
館員がにっこり笑う。静流も殆ど初対面だと言うのにつられて微笑んだ。
「僕自身は覚えてないんですけど、助けていただいたんですね…ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる静流とは対照的に、食って掛かる紫苑。
「それはいいとして、あんたどうやってあのバケモノやっつけたんだ?あんたあいつの血吸ったのか?」
そう問うと、今までにこにこしていた館員は少し表情を曇らせた。目線を下にやる。
「そう…私も、吸血鬼、なんだ」
一言一言言葉を区切りながら、重く語る。
「実は昔、私の恋人が、あなたと同じようにあいつにやられてね…彼女は、私に殺してくれと泣いて頼んだんだ」
「それで…?」
「私は、彼女の頼みをきいてやった。ただし、死ぬ前に私の血を吸う事を条件に。それで私も吸血鬼になって、彼女の血を吸った奴に復讐しようと決めたんだよ」
二人は言葉もなく館員の話に聞き入っていた。
「でもそんな長く辛い日々もやっと終わった。私もやっと彼女の所に行けるよ」
そう言って笑った館員の顔は、清々しさすら感じられた。
「ちょ…それって死ぬってことじゃんよ!待てよ、何もあんたまで死ぬことねぇだろ?!」
反射的に紫苑が引き止める。静流は何も言わない。
「君が…君たちがもし私達と同じ境遇なら、どうしてただろうね?」
くすっと笑って館員は歩き出した。
残された二人は暫くの間身動きもせず、ただじっと何かを考えていた。
二人が同じことを考えていたのかどうかはわからない。
ただ、互いの無事を心から喜び、館員に感謝する気持ちは二人とも同じだった。
「ねぇ…紫苑がもしあの人の立場だったら、どうしてたかな?」
帰り道、やっと静流が口を開いた。
「あの人と同じようにした…?」
「しねぇ」
きっぱりと紫苑が言った。
「わざわざ離れ離れになんてなるわけねーだろ。確かにいい考えは思いつかねえけど、どうせ殺されるんなら二人一緒の方がいいと思う、俺は」
照れているのか、言葉の最後のほうではぷいとそっぽを向いてしまった。
「そうだね、残った方が寂しいよね…それにしても紫苑らしい考えだ」
ぷっと吹き出した静流に紫苑が怒り出す。
「何笑ってんだよー、人が真面目に答えてんのに!!」
「ううん、そんな紫苑が好きだなー、って思っただ・け」
終
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