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冬を迎えて
一人涙を拭う紫苑を、遠くから富田は見ていた。声はかけられなかった。
富田は、紫苑に惚れていた。
いつからか、気になって仕方なかった。それなのに、自分の気持ちに確信を持った時には、紫苑は静流に猛モーションをかけていて、なんと静流もまんまと乗ってしまった。
そのときは確かに悔しくて、悲しかったけど、今は二人が上手く行ってほしいと願う、そんな富田だった。
「紫苑が…?そう」
紫苑の様子を報告した反応があまりにもそっけなく、富田は無性に腹が立った。
「お前、蒼城に何言ったんだよ?!」
もともと誰のせいでこうなったかなどすっかり忘れて、富田は静流に掴みかからんばかりの勢いで怒鳴った。
興奮する富田を押さえながら、他のクラスメイトたちも言う。
「なー静流、みんなお前らのこと心配してんだよ」
「追っかけてやれよ静流」
「みんな、二人のこと好きなんだよ」
なんだか自分が悪者のようで腑に落ちないながらも、しぶしぶ静流は腰を上げた。
紫苑の行きそうなところ、と考えて、思いついたところは――。
「紫苑…」
案の定。
紫苑は静流の部屋にいた。静流の毛布に包まって座り込んでいる。部屋が薄暗くて表情まではよく見えない。
静流の姿を見ると立ち上り、部屋を出ようとする。
「待てよ紫苑!」
すれ違いざまに腕を掴む静流の声など聞く耳を持たない。あくまで顔は向けず、腕を振りほどこうとしている。
「紫――」
「離せよ!!」
いつもとは違う語調に、静流は一瞬怯んだ。
「キライなくせに引きとめんな――」
相変わらず顔はそむけているが、掴まれていない方の腕で目の当たりを拭っている。
これが、紫苑なのか。
俺を頼れ、俺が守ると言っていた紫苑とは別人のよう。まるで幼子のようだった。
「ごめん紫苑嫌いなんかじゃないよ…大好きだよ、愛してるよ紫苑」
自分より小さく見えるその体を、静流は後ろから、やさしく包み込んだ。
「…よかった」
「ところでさっき部屋に入ってきたときもそうしてたけど…何してるの?」
ようやく落ち着いて、紫苑はまた静流の毛布に包まって三角座りしている。
「落ち着くんだ…しずのにおいがする。さっきもどうしていいかわかんなくって…でもこうしてると落ち着いた」
紫苑に悪気など全く存在しないこと――ただ純粋に静流を想うあまりに時に突っ走ってしまうけれど――を、静流は今実感した。
「何もわざわざ毛布で嗅がなくていいでしょう」
困った子だ、という表情で紫苑に近づく。
そして紫苑の横に同じように腰を下ろし、紫苑の耳元でこう言った。
「直接嗅いで、匂いなくなるまで――しよ?」
せっかくの嬉しいお言葉を頂いているというのに、紫苑は動けなかった。
静流の方から誘ってきたことなんて今までなかった。それが嬉しくもあり、照れくさくもあり、驚きでもあった。
「…もーその言葉だけでイキそう」
もっと大人になるべきだ、静流は考えた。
まだまだわからないところの多いきみを、僕は丸ごと全部包み込もう。
だからきみは、今まで通り何にも臆さず、思うままに生きればいい――
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