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アルバイト
静流の激昂。
初めての感覚。自分でもこんなに取り乱すつもりはない。
でも、どうしようもなく、腹が立つ、悔しい、何かに。
これが――嫉妬ってやつなんだ。
わかってるから、紫苑も何も言い返さずにただ黙って俯いている。
「――今度行くときは、僕もつれて行け」
「…プレゼントいらねーから帰ってくれよ」
背を向けて紫苑が言った。
「珍しい」
鼻で笑う静流。
「こんな…こんな気分でやれるかよ!」
「同感ですね」
あっさりと、ドアの閉まる音がし、それからなんの音もしなくなった。
静流の呼吸の音、静流の動きに合わせて起こる衣擦れの音、何も――。
紫苑がふと振り向くと、小さな包みが静流の代わりのようにそこにいた。
乱暴に開けてみると、それは、一つの記憶を呼び覚ました……。
「待って静流!いーなー、カッコいーなー」
場所は中華街。紫苑が不意に足を止める。外国人が出している露店の前だ。
「な、いいと思わねー?このブレス…」
一つのブレスレットを手に取り、目をキラキラさせて尋ねる紫苑に静流は眉をひそめ
「そうですか?」
「ちぇっ!じゃーいーよ買わねーよ!」
「そうしなさいそうしなさい」
初めて静流が紫苑の家に来た日のことだ。
露店に飾られていた、静流の目から見れば安物くさくて品のない、合皮のちっぽけなブレスレット。値段も、見た目に違わず安い。
静流は覚えていた、あんな何気ないやりとりを。
気まぐれで欲しくなっただけの、自分でも忘れていたような出来事を。
追いかけようと、とっさに立ち上がったが、やめた。
もう一度腰を下ろし、ブレスを身につけた。
今は何を言っても、きっと静流はおさまらない。
「ごめんな、しず」
小さく呟いてブレスに軽く口づけた。
「しず…今日バイト行くから」
翌朝、そんな紫苑の声に静流は呼びとめられた。
振りかえると、嬉しそうに、でも少し照れくさそうに笑いながら、左腕を突き出す紫苑がいた。
「これ、ありがとな!」
ぐいと紫苑は静流に引き寄せられた。静流は剥き出しの紫苑の手を取り、自分の手と共にコートのポケットにしまった。
「手袋は?」
「ブレス見えねーと思ってしてこなかった」
「こら!何度も同じこと言わせるな!!」
生徒指導の声も、二人の耳には届かないようで、そのまま門をくぐり去った。
そしてどこへ向かったかと言うと、教室ではなく屋上へ直行。
「昨日…ごめんね、大人気ないことを…」
静流が反省。昨日の取り乱し方は本人にも制御不可能であったことを物語っている。
「大人気なんてなくていーよ!いーんだよ思ったことそのまま俺にぶつけろよ!エンリョされたってこっちはちっとも嬉しくねーぞ!」
紫苑の体中での訴えに返した静流のリアクションは――
「ありがと」
つないでいた手をとり、紫苑の手の甲にキスした。
「またお昼に」
静流が去ってからも、紫苑の心臓はバクバク鳴りつづけた。
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