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アルバイト
「いやー静流くん助かるよぉ」
紫雲がニコニコ顔で迎える。
「今人手が足りなくてさ、こんなヤツまで使わなきゃなんない始末で…」
こんなヤツ、とは勿論紫苑のこと。静流は嫌な予感がしてきた。
「静流くんなら顔もいいし品もあるし、お客サンのウケもバッチリだろうなー♪」
――ちょっと待て。
僕も連れてけって言ったけど…そうじゃなくて。
したり顔でほくそ笑む紫苑がそこにいた。
「あ、それで静流くん、服装なんだけどね…」
「あのっ…」
「それから髪型は…」
「え、ちょっと…」
「…なんでこーなるんです、紫苑…」
心なしか青ざめた静流が立ち尽くす。生まれてこの方やったことも無いような強力セットを施され、妙なスーツを着せられ、本人としてはたまったもんじゃない。
しかし。
「ステキ…」
相手が怒っていることなどお構いなしに、むぎゅっと抱擁する紫苑。
「オーナー、若いの二人連れてきましたぁ。紫苑の彼氏の静流くんです」
紫雲が張り切って紹介すると、スタッフの評判の上々だ。
「いいカンジじゃない、ねぇ司」
おネェ言葉を話す、線の細い、だが明らかに男と分かる男性が嬉々として言った。
「紫苑ご指名ー」
指名?!
がばっと静流が振り向くと、紫苑はもうテーブルに向かっていた。
ピタピタにフィットし、胸元まで開けたジップアップのカットソーに、ぴちぴちのレザーパンツ。その服装だけで静流の機嫌を損ねるには充分であった。
なんだよ、フェロモン撒き散らしみたいなカッコして…とブチブチ独り言をぼやいていると、なんと静流にも指名がかかった。
テーブルについてからも、静流の目線は紫苑に釘付けだ。
しかし、そんなに愛想を振りまいているわけでもない。客の話を聞くともなく聞いているだけだ。
”いやだ、おじさまったらン”
”いいじゃないか、減るもんじゃなし”
そんな感じを想像していた静流には少しほっとする光景だ。
「――静流くん?」
あまりにも上の空すぎて、心配した客が声をかけた。
「静流くんていうのかぁ」
「若いのに落ち着いてていいね」
「おれファンになっちゃいそー」
ごく普通の若いサラリーマンのグループ。なんだか客とは思えない。年上の友人のように話してくれ、静流はちょっと楽しいひとときを過ごした。
「いやいやお疲れー。二人とも評判良かったわよ」
オーナーが上機嫌で労いの言葉をかける。
紫雲と3人で車に乗りこむやいなや、紫苑が聞いてきた。
「しず、どうだった?」
そう言われて思い出した。
「そうだ、思い出したけど何を勝手に…」
言い出すと、
「おい紫苑、お前静流くんの了解なしだったのかー?そりゃ怒るわ」
と、間の抜けた紫雲の声。
「でも、やってみてどーだった?」
それには触れずにさらに問う紫苑。
「…楽しかった」
敗北を認めるように、少し口を尖らせて小さく言った。
「よかったじゃん」
またも、あのたまにしか見せないエンジェルスマイルに、静流は心奪われた。
「ステキ…」
紫苑に抱きつく静流に
「はーいいちゃつくのはもうちょっと後でねー」
紫雲の野次が飛んだ。
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