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夏が過ぎゆく

 めでたく2年生に進級し、こともあろうに二人は同じクラスになった。 しかし、静流は喜んでばかりいられなかった…。  「ひゃっほう!しず!」 いつものように登校中、後ろから背中を叩かれても、静流は振り向きもせず肩を落とし、溜息をついている。 「…?あ、わかったぞ。それは俺も前々から気になってたんだ…今日から始まる水泳のことだろ?…俺だってしずの体みんなに晒すのは心苦しいんだけどさー…」  そう。今日から体育は水泳の授業になるのだ。  ここ阿川学園は超進学校のためか、体育にはあまり重点を置いていない。水泳の授業があるは2年生だけである。  だが、静流がブルーなのは紫苑の言っているようなことが原因ではなかった。 「恥を晒すまえに言っておきましょう。紫苑、僕は――」 「カナヅチ…なのか?」 神妙な顔つきで声をひそめる紫苑に、静流は黙って頷く。 吹き出しそうなのをこらえながら紫苑は言う。 「しずってホント運動全然、まるきり、からきしダメなんだもんなー」  そう。同じクラスになれても素直に喜べないはこのためであった。 体育の授業は一クラス単位で行われる。どのスポーツも苦手な静流にとって、体育の授業は地獄だった。しかもその醜態を愛する人に見られるなんて、屈辱以外の何物でもなかった。  おまけに紫苑の方はと言うと、勉強こそからっきしダメだがスポーツにかけてはオールマイティだった。だからなおさら、見られたくなかった。 しかも、どんなスポーツも苦手な静流だが、水泳はその中でも別格だった――。  「あー、あー。2列に並べよー。それからそこ、速水と蒼城は離れて並ぶように。生々しいぞ」 体育教師の声に皆は笑うが、静流の耳には入ってこなかった。 ただただこのときが一刻も早く過ぎてくれることを祈るだけ。  泳力別にグループ分けされたので、紫苑と静流が近くで泳ぐことは免れた。しかし、紫苑は気になって仕方が無い。あそこまで落ち込むとは、一体どんなヘタクソなんだ――。 どうしても我慢しきれず、紫苑はチラッと遠くヘタクソグループが水と格闘する様を見遣った。  そして、見てしまったことを後悔。愛する人のあんな姿は見ないにこしたことはない。 見ているのがあまりにも申し訳なく、すぐに見るのをやめた。  「紫苑、昼食べに行こっかー」 授業が終わって俄然元気な静流を、紫苑は同情とも哀れみともつかぬ目で見た。 「お前…あんなんでよく今までやって来れたな…」 「みっ見てたのか?!」 「ちょっと習いにでも行ったほうが…」 「うるさい!さっさと服着ろ!!」 紫苑の顔にバスタオルが直撃する。そして、急にやさしく紫苑の頭をそのバスタオルで吹いてやりながら静流が言う。 「紫苑。今後水泳の話したら…」 「したら…?」 「絶交だ!!」 急にバスタオルを紫苑の口に噛ませて縛り付けたまま、静流はぷいと歩き出した。  紫苑は考えていた。 静流の苦手なこと、弱みを、初めて知った。そう言えば紫苑は自分のことをなんでも静流に話すのに、静流はあまり自分のことを話してくれない。 静流は紫苑の家に泊まりに来たのに紫苑のことを家に呼んではくれない――。 「紫苑?!何してんの?!」 一応遠くで待っていた静流が痺れを切らす。 「しず!!俺、夏休みになったらお前んち泊まりに行くぞ!」 「そんなこと今言わなくていいでしょう!」 今度は靴下が飛んできた。  

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