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心の軋む音がする
「ねえ、静流くん、もう1ヶ月も学校来てないね…」
「どうしたのかな、体壊してるのかな」
そんな話が嫌でも紫苑の耳に入ってきた。
(脆いからな…胃でも悪くしてるんだろ)
そんな事を考えた自分が、女々しかった。
紫苑の予想通り、静流は胃潰瘍を患っていた。自宅で療養していると、部屋のチャイムが鳴った。小夜だ。
「学校の方で、ずっと欠席してると聞いたものですから…」
「――帰ってくれませんか」
静流は冷たい目で言った。
「静流くん?」
「学校へ行ったのなら僕らのことも聞いたんでしょう」
「だから…」
媚びるように首を傾けながら笑いかける小夜。腹立たしい。
「こういう時に、待ってましたとばかりに他人の心のスキに入りこむのって卑怯だと思いませんか?」
――あいつみたいに。
「誤解のないよう言っておきますが、僕はあなたと一緒になるために紫苑と別れたんじゃない。勿論、紫苑と別れたからあなたと、というつもりもない」
数日後、静流はやっと外出できるようになり、大学へ顔を出した。
(休んでた間のノート借りなきゃな…)
適当に席を見つけて腰を下ろし、近くにいた顔見知りに頼もうとしたとき、背後から手が伸びてノートが手渡された。 振り返ると、紫苑だった。
「休んでた間のノート」
二人は互いに物言えぬまま、暫く見合っていた。
「紫苑くんっ」
寄ってきた水原の声で二人は我に返った。
「あ、静流くん…」
申し訳なさそうな目で静流を見る。
そんな目で見ないでくれ、と静流は苦々しく思った。
「いいよ紫苑、他の子に借りる」
「そっそうよね。行きましょ、紫苑くん」
紫苑はまだ何か言いたげだったが、水原が強引に連れ去ってしまった。 去り際に、
「しず!俺、これからも普通に話とかしたいから…」
すまなそうに言う。 みんなで憐れんで、これ以上僕を貶めるのか――?!
「ベタベタすんなよ」
ぴったり寄り添って歩く水原に、紫苑が言った。
(何よ、静流くんとはベタ甘だったくせに)
口には出さず、心でそう言った。
静流くんへのあてつけだってわかってる、けど…一緒にいたい。
「ねえ紫苑くんっ、私のこと本当に好きなの?」
今だけ、一度でいいから、嘘でもいいから言って――。
「『本当に』?俺、お前のこと好きって言った覚えねーけど」
水原の願いは無残に打ち砕かれた。
「そんな…付き合おう、って…」
「カンケーねーじゃん、そんなの。おれ別に好きでもねーヤツとでも付き合えるし」
優しさのかけらもない紫苑の言葉。なまじ静流へ優しさを注いでいた紫苑を知っているだけに、自分への扱いが違いすぎてつらい。
水原の目に涙が見えると、
「つまんねー女」
とだけ残し、紫苑は行ってしまった。
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