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心の軋む音がする

 「静流ちゃん…もしかして、初めてだったの?」 客は満足げに煙草を燻らせながら、いやらしく笑った。 そんなわけないだろーが、と心の中で悪づいては見たものの、静流の目から涙が流れていた。だから初めてかと訊かれたのだが。  愛してもいない、いやむしろ金に物言わす憎むべきタイプの人間にでも、感じてしまった。  ここ最近すっかり飢えていた人肌の温みを、こんな男にでも求めてしまっていた。 そんな自分がたまらなく嫌だった――。  静流はさっさと服を着て、早々に個室を出た。 出たところに、紫苑がいた。つい、安心してしまう。 「おつかれ」 すれ違いざまに、紫苑が声をかけた。  知っていたんだ、今まで僕が何をしていたのか――。 そう思うと、静流は得体の知れない罪悪感に苛まれた。ひどく紫苑を裏切ったように思えた。振られたのは、自分なのに。紫苑がもう必要としなくなったのに。  紫苑もやりきれなかった。辛い。静流が自分以外の、それも惚れてもいない男にいいようにされるなんて。想像しただけで気が狂いそうだ。すれ違う時も、思わず触れようと手が伸びるのを懸命に堪えた。  「紫苑くんっ♪」 ドキリとする。水原の声だ。紫苑の名を呼ぶ声を聞くだけで、心臓がぎゅっと鷲掴みにされたようになる。 暫く紫苑と話した後、水原は徐に静流に近寄ってきた。 「あら静流くん」 勝ち誇ったような顔。 ――仕方ないか。僕も彼女には酷いこと言ったし…静流はぼんやり思い出した。 『僕の紫苑』と、きっぱり言い切れたあの頃。もう、戻ることはない……。  「ねーえ、静流くんっ、『白雪姫』の話知ってるわよね?今思うと、あなた王妃で私が姫だったんじゃないかしら、なーんて」 自信満々に言っているが、まるで見当違いな例え。しかし、今はこの水原の頭の悪さでさえ救いだ。  ごつっと鈍い音がして、その後水原が黙って頭を抱え込んだ。 水原の後頭部に、紫苑の拳が直撃したのだ。 「つまんねーコト言ってんじゃねぇ」 かなりスッとしたが、一応紫苑を嗜める。 「紫苑、彼女なんだからもっと大事にしてあげなきゃ」 静流の言葉が止まってしまうほど、そのときの紫苑の目は冷たいものになった。 「うるせェよ。いつまで保護者ぶる気だ」

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