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5.仕掛けるなら甘い罠 4

席に着くなり母親の方が荷物を置いて立ち上がった。 「ちょっとここにいなさい! お母さんトイレ行ってくるから!」 「じゃあ、帰りにコーラ買ってきて~」 「ぼくはオレンジジュース!」 「はいはい。わかったから大人しくしてなさいね!」 とにかく元気なその子たちは兄弟なのか、仲良く戦隊ごっこを始めた。 それを何となく見ていると隣に座る彼女が、僕の顔を覗き込んでくる。 「私、子供好きなんだよね〜」 正直、どうでもいい情報だったので適当に相槌をうっていると、その遊びに熱中しすぎた子供たちは自分らがいたテーブルの周りだけでなく、そのフードエリア全体を走り回り始めてしまった。 そうしていると遠くから千秋が急いで戻ってくるのが見えた。千秋が戻って来れば三人で食事して次のアトラクションに向かうのだろう……と、思っていたのだが。 僕の視界に千秋が確認できたのとほぼ同時に、近くで遊んでいた子供が勢いよくこけてガシャーンと大きな音と共に僕らの座っていたテーブルに激突し、その上に置いてあったものは全て地面に散らばってしまった。弁当は散乱し、飲み物は溢れ、それは見るも無残な有様で。 そして、僕の目にはその瞬間から騒ぎ出す彼女の向こう側で呆然と立ち尽くす千秋が見えた。 騒動の張本人である子供たちはそそくさとどこかへ行ってしまい仕方なく片付けをしていると。 「せっかく作ったのに……」 僕には涙ぐむ彼女に寄り添っている千秋の方が泣きそうな顔をしているように見える。 そりゃそうだろう。千秋はこの時を楽しみにしていたんだから。 「マリエちゃん、何か買ってこようか?」 「私はおにぎり一つ食べたからいい。新藤くんは?」 僕も少し食べたからいいと答えれば、余計に千秋が肩を落としているのが見て取れた。 そして片付けが終わると、幾分元気になった彼女は「コーヒーカップに乗りたい」と言ったのだが、千秋はそういう気分ではなさそうで。 「俺、回転系はちょっと……2人で行って来なよ」 あっさり僕と行かせるところをみると余程がっかりしたのだろう。 彼女とコーヒーカップに向かいながら、タイミングを見計らい僕は一度千秋の所へ戻るつもりだった。 「忘れ物したから先に行って並んでて」 にっこり笑って言うと彼女は何も疑わずにコーヒーカップに向かっていく。 そして僕は千秋のいるところへと急ぐ。 神様はやはり僕の味方だったみたいだ。 千秋は何か食べ物を買いに行くつもりなのかベンチから立ち上がってよろよろと歩いている。 近寄って肩を叩くと千秋が振り向いたので、マフィンの入った袋を手渡した。 「これ食べなよ」 それだけ言って僕はコーヒーカップへと向かう。 甘いものが少しでも千秋の心を落ち着けてくれたらいいと思った。

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