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5.仕掛けるなら甘い罠 7
千秋は僕の手を振り払おうとしたけどそのまま力を込めてしっかりと握り締める。
「はぐれた振りして来た」
「はぁ? そんなのかわいそうじゃん。女の子はおばけ屋敷とか苦手なんだぞ!」
「彼女は図太そうだから大丈夫でしょ」
時間もないので僕は千秋の手を引っ張って、前を歩いていたカップルまでも追い越し、出口にむかってどんどん歩いていく。
「お、おい」
何か言いたそうだけど、そんなのも無視してお化け屋敷から出てきた。
するとお化け屋敷の出口を出てもなお歩き続ける僕を不審に思ったのか千秋がまた騒ぎ出した。
「おい! どういうつもりだ」
「このまま、はぐれたことにする」
「意味わかんねぇよ。はぐれたことにするだ? ふざけんな」
「僕はいつでも本気。こんなに人がいるんだからはぐれても不思議じゃない。知り合いに同じ出口で待っていたのに人が多すぎて何時間も会えなかった経験をした人がいる」
夕方という時刻、休日、いろんなことが重なってそこには人がごった返していた。
遊園地に迷子は付き物だし、目に入った何人もがスマホ片手に人を探している。
はぐれたって不思議なことなんてなにもない。
だから大人しくついてきて欲しいのに千秋は納得できないとでも言いたげに突っかかってきた。
「はぁ?」
「いいから黙ってついて来いよ」
僕には目的があるんだから。
そう思いながらやってきたのは観覧車のりばだった。
すると、そこにきて僕のスマホが着信を知らせる。こんなこともあろうかとコーヒーカップに乗ったときに、彼女に聞かれるまま連絡先を交換しておいてよかった。
はっきり断られたら彼女だってすんなり家に帰ってくれるだろう。
そう思いながら電話に出ると、僕は千秋を見つめながら話し始めた。
「もしもし」
『新藤くんどこ? はぐれちゃって、今出てきたんだけど』
「あ、なんかはぐれちゃったみたいだね。僕も出口にいるんだけど人が多くてさ」
『ほんとに多いよね。どこから人が出てくるんだって感じ』
そんな世間話を交えて僕は本題に入る。
「もう疲れたし帰ってもいい?」
『えっ? あ……そ、そうだね。みつからないと……余計に……疲れるよね』
帰っても良いかとたずねると途端に歯切れが悪くなったが、僕に嫌われたくないから同意するに決まってる。
そんなことまで計算に入れている僕は、きっと君よりしたたかなんだろうな。
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