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8.嵐の前の静けさ 3

千秋を無視するのは心が痛むけど、僕が色々やる度に千秋が機嫌を悪くしながらも気にしてくれているのが手に取るようにわかるのはとても気持ちが良い。 だからこそ、この辺で決定打的なものをもう一押しとばかりに何かないかと考えていた時、昼休みにあの子に呼び出された。 「新藤くんちょっといいかな」 そうやって僕に近寄ってきたのは、例のマリエとか言う子。 何の用だろうと思っていると、彼女はいきなり深刻そうな顔をして僕の前で俯いた。 「どうしたの?」と聞いて欲しそうだったので面倒だったが聞いてみると、彼女はここではちょっと……と言いだし、非常階段のほうへと僕を連れて行く。 で、彼女の話を聞いてみると。 なにやら最近ストーカー被害にあっているらしい。 あまりに突拍子もない話に呆然としていると、彼女は怖いから一緒に帰って欲しいと言い出した。 「親には言ったの?」 「お、親? ……そんな、し、心配させたくないし」 親のことを出した途端に焦り出した様子から嘘は簡単に見抜いたけどまさかストーカーとか言い出すとはさすがの僕も驚きだ。 こうやって相談を持ちかけるように近寄ってくる手法も古典的と思うのだが、騙されるやつがいるのかは疑問に思う。あ、千秋なら簡単に騙されるか。頼られていると勘違いしてほいほい話に乗りそうだ。 でも、こういう面倒くさいのは遠慮したい。 「親には言うべきじゃないかな? ストーカー被害なら警察に。なんなら僕がついていってあげようか?」 すると、僕がこういう行動に出る展開は想定していなかったのか彼女も若干焦りながら首を横に振る。 「そ、そこまで、事を大きくしたくないの!!」 「そう?」 きっと彼女は自分が怖いと言ってすがれば僕が守ってくれるとでも思ったのだろう。 彼女の中では僕との都合よいストーリーしか展開されていないわけだから、ここで僕が首を縦に振らないことなんて想定外のはずだ。 でも千秋絡みならともかく、何の絡みもない中で彼女の話を聞くわけがない。 すると彼女は俯きながらも、必死で僕の腕を掴んだ。 「帰りだけでいいの。家まで怖くて……」 「家まで送れってこと?」 冷たく答えれば、彼女は上目遣いで僕を見上げる。 「……新藤くんが、良ければ」 僕がよければとはよく言えたものだと思う。 まだ千秋の件で使えそうだとも思っていたけど、それも無理そうだし、本当に面倒くさくてため息が出た。 「でも、ストーカーって甘く見ないほうがいいって言うよね」 「…………でも」 「愛情と憎悪って紙一重ってよく言わない?」 「…………」 「ストーカーは君が好きだから追いかけているんだろう? そんな君が男と帰っているところなんて目撃したら逆上しないかな。その方が危険じゃないのかな?」 物腰は柔らかく努め、かつ反論を許さない、そんな僕の言葉が効いたのか彼女はついに黙り込んでしまった。

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