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8.嵐の前の静けさ 6
そして彼女がその場を離れると、また表情を隠して冷たい視線を千秋に向ける。
「何か用?」
すると千秋は何か言わねばと思ったのか、焦った様子のまま軽く俯いた。
きっと感情が高ぶり何も考えずに来てしまったのだろう。でも、それくらい突き動かすものがあるんだとわかり、少しだけほっとする。
だが、今はまだ千秋に優しくするわけにはいかないのが辛いところだ。
千秋が何も言う気配がないので踵を返そうとした時、千秋は焦ったように言葉を放った。
「お、俺の服……返してほしいんだ」
咄嗟に思いついたのだろう。
その服のことと一緒に、あの日の夜のことをもっと思い出せばいいのに。
どう千秋に返そうかと悩んだが、僕はもっと千秋の心の中を掻き混ぜる方を選んだ。
「捨てた」
そう言った瞬間、目を丸くしてさらに眉間にしわを寄せる千秋を見て本当に僕は性格が悪いと思った。
本当にごめんね。そう心の中で謝りながら感情を深くふかく沈めていく。
「どうして人のものを勝手に」
「…………いらないから」
すると目の前で、明らかに千秋の目から力が抜けていくのがわかった。
もう少しの辛抱だ。と、自分も励ますように心の中で唱え、祈るような気持ちで背を向ける。
それから歩き出せば、もう追いかけては来なかった。
そして門で待っていた彼女と合流した。
「柏木くん何だって?」
「別に大した用事じゃないよ」
そう言って笑うと、約束のひとつ目の角までやって来た。
「じゃあ、ここで」
すると彼女はまた少し俯いて、僕のことを引き止めた。
「……なんか、ごめんね」
「別に」
呟くように言って心の中で“僕も君を利用させてもらっているから”と付け加える。
が、すぐに彼女が謝っていることが別のことだったことに気付かされる。
「……だって、仲良かった柏木くんと喧嘩することになっちゃったし」
「は?」
「だって。その……私が新藤くんと帰ってるから……柏木くん怒っちゃったんでしょ?」
「…………」
この沈黙を彼女はまた都合よく解釈するのだろうが、正直言って開いた口がふさがらないというのはこういうことだと思った。
どれだけ自意識過剰なのか。
自分を2人の男が取り合う、そんなヒロイン気取りかと言いたい。
この子の本性が見えれば見えるほど、千秋はこの子の一体どこが良かったのか本気で疑問に思う。
「別に君のせいじゃないよ」
僕の本心だが、彼女はそう受け取らないだろうなと思いながらその日はそこでわかれて家に帰った。
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