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1.その笑顔には裏がある 3
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──…
幼い頃、いつも晩御飯は姉貴と二人で食べていた。
「ねーちゃん、ねーちゃん。なんでうちはよるごはんもねーちゃんとふたりなの?」
「お父さんとお母さんがシゴトだからしょうがないの。そんなことは良いから修平! はやくご飯食べちゃいなさい!」
「だって、コドモだけでよるごはんなんて、みっくんがヘンだって」
「そんなの言わせときなさい! オトナのジジョウってものがあるの!」
「ねーちゃん、オトナのジジョウってなに?」
「…………」
「ねぇ。オトナのジジョウってなに?」
「よそはよそ! うちはうちなの! お父さんもお母さんもたいへんなんだからワガママいわないの!」
思えば姉貴は昔から偉そうだった。
いや、偉そうってのは違うか。
うちは両親はそれぞれに仕事を持っていた。二人ともそれなりにキャリアがあったから家をあけることも多かったので母方の祖母がよく僕らを見に来てくれていたが、物心ついたころには姉貴が僕の面倒をみたり家事の手伝いをして、僕に掃除や洗濯の仕方から料理まで教えてくれたのは全部姉貴だった。
この話を人にすると決まって「寂しかったでしょう?」と言われるのだが、実際寂しいと思ったことはあまり無い。
全くないといえば嘘になるが、それ以上に幼い時から愁いを帯びた目で見られることの方が堪らなく不快だった。
その不快感に耐えられなくて、一度だけ姉貴に駄々をこねたことがある。
家に子供だけでいるなんて変だと周りに言われ続けて悔しくて、突発的に放った言葉だった。
「おとーさんとおかーさんのシゴトなんてなくなっちゃえばいいんだ!」
すると有無を言わさず姉貴の鉄拳が飛んできた。
姉貴は昔から僕が間違ったことをしたり聞き分けが悪かったりすると容赦なく手が出るのだが、その時は頬に当たった姉貴の手が微かに震えていて、あんなにいつも強気な声も震えているような、いつもと違った感じがしたのを今でも覚えている。
「お父さんもお母さんも私たちがゆたかな生活ができるようにがんばっているの!」
まだ幼かった僕にはゆたかな生活って意味がわからなかったけど、それ以上に強い姉貴が泣きそうになっていることの方が衝撃的だった。そんなに自分の口走ったことがこんなにも姉貴を悲しませてしまうのか、と。
今だからわかるけど、それだけ姉貴も寂しさを抱えそれを我慢していたのだろう。
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