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火中の桜 其の三
裏口から男を通した世良は、広い厨房へと忍び込んで酒を物色していた。
そんな世良の背中を、男は不思議を傾げて眺め問う。
「そう言えば君、随分と若そうだけど……。何歳なの?」
「あ? 十七っす。……っと、あったぜ。酒」
取り出した一升瓶は安物のそれである。本来宿の客に出すものなのだろうが、そんな事は関係ない。ついでに杯を二つ拝借した世良は、悠々と自室への廊下を歩く。
「……十七、ね」
「何すか?」
「いや。十七って立派な大人なんだよね、確か」
「そりゃ、元服も済んでっからな……?」
「なんだか、犯罪に手を貸してる気分」
「意味分かんねぇやつっすね、あんた」
「よく言われるよ」
意味深な笑みを浮かべる男は、なんだか掴み所のない人間だと思う。ゆっくりと流れる視線は何処を見つめているのか。住居区の薄暗い廊下に似合わぬ雰囲気。
ちらりと見遣る後方に、まるでこの場に連れて来てはいけない人間を侍らせているような気にもさせられ、なんだか居た堪れない。
「ん。着いたぜ」
自室の扉を開き、男を促す。
広い畳の間には、沢山の衣装箪笥に囲まれた布団が一組。
そこへ男を通した世良は、窓際に杯を置いて酒を注ぐ。
「どーぞ」
差し出した杯を受け取った男は、軽くそれを掲げると一気に口の中へ流し込んだ。
「良い飲みっぷりっすね。ほら、もう一杯」
「有難う。久しぶりに美味しいお酒が飲めて嬉しいよ」
男は微笑みながら一升瓶を手に取ると、世良へ返杯をしてくれる。慣れた手つきとは言い難いが、それなりに接待をして来たようにも見える自然な所作。彼の言う美味い酒とは、こうした、個人的にゆるりと嗜む酒の事を言っているに違いない。
「大人になると、付き合いが増えて面倒っすよね」
「君がそれを言うんだ?」
「俺、変な事言いました?」
いいや、と男は小さく首を横に振る。そして「俺の感覚が間違ってるんだろうけど」と前置きをした後、柔らかく笑んだ男は世良の頭へと手を伸ばした。
「十七歳って言ったら、まだまだ大人に守られるべき歳に思えちゃってね」
くしゃりと髪を掻き撫でられる。酒で赤く染まった彼の目元は酷く妖艶に映った。
けれど、一瞬で上気した世良の頬は、男のそれよりも随分と赤が差している事だろう。慌てて口元を隠しながら顔を背ける。横目で見遣った男は、満足そうな笑みを零していた。
「……そう言う、あんたは何歳なんっすか」
「ん? 俺は二十五」
「へぇ。意外と、おっさん」
「お兄さん?」
「っす」
茶目っ気を含む男の表情を前に、世良は小さく肩を竦めた。年功序列。年上には敬語。それなりに厳しい教育を受けて育って来た世良にとって、掴みどころのない年上ほど話しにくい存在はない。
ただ、浮かぶ満月へと視線をやった男の横顔は酷くあどけなかった。酒を含んでいるからか、とろりと下がった目尻に緩んだ口元。小さな子供のように膝を抱えて背を丸めた姿を見れば尚更。
「……桜を、見たんだ」
満月を見つめる綺麗な瞳。
長いまつ毛が瞬く度、頬に影が落ちた。
「炎の中に……、舞う、桜」
その口調は酷く幼く、あまり呂律も回っていない。
男の紳士さは形を潜め、まるで幼子の夢物語を聞いてやっている気分にもなる。
「凄く、綺麗だった。また、見てみたいなって……、」
言葉を続ける男に手を伸ばしたのは無意識だった。
頬を引き寄せ、此方を向かせる。
驚いたように瞬かせる瞳の中に、真剣な表情をしている自分が映った。形の良い唇に口付けた時、世良の頭に後戻りをするなんて選択肢は存在しなかった。
「見せてやろうか」
「うん? なにを?」
どうやら自分は酷く酔っているらしい。
戸惑う男を他所に、深い口付けを施しながら、その線の細い体をゆっくりと押し倒す。
畳の上で波打つ白い着物。少し乱暴に弄った所為で、乱れた襟口から男の白い肌が露になり、淡い月光に晒される。その光景は酷く世良の性欲をそそり、本能のままに綺麗な肌へと軽く歯を立てた。
「ちょっと、君……っ」
身を捩る男を軽々と抑えつけ、世良は次々に跡を残しながら白い着物を剥いでいく。次第に色を帯びる艶めかしい肌。女性特有の曲線美とまではいかないものの、細い腰に白く綺麗な肌、あまり筋肉の付いていない薄い体躯は、中性的な魅力を受けた。
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