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火中の桜 其の四
「ねぇ。ちょっと、止めて……」
畳に縫い付けた手首がぎしぎしともがく。
「見てぇって言ったでしょ、あんた」
「だから、何を」
「桜」
「そりゃあ、また見れたら嬉しいとは思う、けど……」
男が次第に言葉を止めたのは、世良が着物を脱ぎ落した所為だろう。
す、と襟口が腕を通って垂れた時、男の瞳に綺麗な桜吹雪が舞った。
「君だったんだ……。君が、あの……っんぅ」
再会の余韻に浸る間も与えず、世良は男に噛みつくような口付けを落とした。掬い上げた舌先を吸い、男の熱を堪能する。その頃になると男の抵抗は薄れ、世良に身を預けるように全身の力を抜いていた。
「抵抗しないと抱きますけど?」
唇を離した世良は、鼻先がぶつかる程の距離で尋ねる。
「……君、男同士のやり方とか知ってるの?」
「知ってますよ。経験もあるんで」
「最近の若い子は怖いね……」
天井を見ながら呟いた男は、完全に抵抗心を手放したようだ。男の上から退いて、袴の紐を解く間も、一切の逃げる素振りを見せずにされるがまま。再び男の上へと戻った世良は、先の言葉に返答をすべく男の顔を見下ろした。
「皆が皆って訳じゃないっすよ。二色を知らざる者に男を名乗る権利はねぇって親父に教わったんで。適当な見世に行って喰いました」
「君のお父さんの顔が見てみたいよ……」
「居ますよ、そのへんに。今頃、どっかのお姉ちゃんと楽しい事してるんじゃないっすかね」
「……さすが親子」
「俺はあの人とは違います。……ちゃんと、大事にするんで」
全裸になった二人の間に挟まる雄は、擦り合う事で着実に固さを付ける。恥ずかしそうに口元を腕で隠す彼だが、口付けが出来ないと理由を付けて外させた。上下で響く卑猥な水音に、男も次第に乗り気になってくれたようだ。
「入れるの? それ……?」
綺麗な指先に魔羅を掴まれ、それだけで身震いが起きる。
必死に欲を奥歯で噛み殺しながら、世良は男の頬に唇を寄せて否定した。
「初めてっしょ。あんた」
「そりゃあね」
「ちゃんと、大事にします」
男の脇に腕を通し、膝の上に座らせる。軽く触れ合った唇の下方で、二本の竿が堪え切れなかった白濁を零しながら、此方を見上げていた。
「男に二言はねぇっすよ」
口角を上げて笑みを作る。にかりと大袈裟に笑んで見せたのは、男を安心させるためだった。そんな世良に対し、男はきょとんと目を丸めた後、細い掌で世良の両頬を包んだ。
「君、意外と良い男だね」
押し付けられた唇に目を閉じる。隙間から入り込んできた男の舌先に愛おしさを感じながらも、一夜限りの火遊びに侵されるようなへまはしないと自分に言い聞かせ、二本の性器を掌で包んだ。
「……意外とって、酷でぇな」
呆れたように笑んでみせる世良。
手の中で滑るそれが厭らしい音を立てている。せり上がる快楽は、口内を貪る男の舌に助長され、刻一刻と絶頂の時を上り詰めていき――
「は、ぁっ、も、ダメ……んっぁ、イく……っ、出、っ……!」
先に兆しを見せたのは男の方だった。
びくびくと線の細い体が跳ね、あからさまに善がる。
充分過ぎる程の湿り気を含んだ声が耳を霞めた。その嬌声に強く反応した体は、男の頭を抱き寄せ掌の動きを更に速める。先に達した男の白濁が円滑剤となり、滑る先端は口を開いて精を溢れさせた。
「ん、……はぁ、っ……」
白濁に塗れた掌を畳の上へと落とすと、男の細い腕に抱きしめられる。呼吸を整えているらしい男は何も言わず、まるで世良の心音を確かめるかのように身を寄せていた。
そんな男に対して湧き上がるのは紛れもない愛情。
駄目だ、と男に気付かれぬように首を振る。
それでも世良は、男の体を放せずに、綺麗な髪へと鼻先を埋めて瞼を閉じたのだった。
*
「世良。朝よ。いつまで眠っているつもり?」
早朝。
世良の意識を浮上させたのは、凛とした女性の声。母親だ。
「あさ……?」
「ええ。食事の準備も出来てるわ」
呟くような声に返答が来た事から、母親は勝手に部屋へ入って来たのだろう。ゆっくりと瞼を開き、何度か瞬きをした世良は――昨晩の事を思い出してぎょっとする。
「うわっ、やべ……っ!」
慌てて布団から飛び起きた世良。さすがに男と身を寄せ合って眠っている姿を母親に見られるのは恥ずかしすぎる。しかし、そこには見慣れた母親の呆れ顔だけがあった。
「どうしたの?」
「え? あ、あれ……?」
室内を見回してみるも、そこには昨晩の形跡は何一つ残ってはいなかった。
男の姿も温もりも、精を吐き出した跡すらも……。
「いや。なんでもねぇ……」
あれは、夢だったのだろうか。
掌を開閉してみるも、男に触れた余韻は残っていない。
火事現場で初めて彼を見つけた時、狐に化かされたと表現したのは他でもない自分自身だ。昨晩は酒も入っていたし、酔っぱらって夢と現実の見分けが付かなくなっていたのかもしれない。それに、初めて出会った男に対して愛おしさを覚えるだなんて、遊びを極めた世良には考えられない感情だったのだから。
世良は小さく息をついた。
しかし、その溜息を打ち消すように母親は告げる。
「全く。また勝手に厨房からお酒を持ってきたのね。一本少ないからおかしいと思ったのよ」
窓際に置かれた一升瓶。
その隣に置いた杯は、二つ。
「酒……」
朝焼けに照らされる飲みかけの酒だけが、あの綺麗な指先に持ち上げられた感覚を覚えているかのように、ひっそりとその場に残されていたのだった。
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