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心 其の四
「……なんで戻ってきたの」
「いや、俺も戻って来るつもりは無かったんっすけど」
庭から顔を出せば、汐は至極不機嫌そうに眉を顰めて世良を睨む。
「これ、汐さんに持ってけって。すぐ帰るんで」
縁側へと近づき、届け物をゆっくりと置いた。
そんな世良を黙って見つめていた汐だが、小さな溜息と同時に言葉を吐いた。
「あがってけば」
「邪魔なんじゃないんっすか」
「良いよ、もう。なんか、面倒くさくなってきたから、居て」
そう言った汐は、いつもの掴みどころのない表情へと戻っていた。
「んじゃ、お邪魔します」
「来たついでに脱いで」
まるで、立ったついでに茶を淹れて、と気軽な声色で世良の服を脱がそうとする彼。いつもならば少し渋って、寒いだなんだと文句を吐くのだけれど、先ほどのように汐の機嫌を損ねても困る。
「これで良いっすか?」
「ん。よくできました」
「……っす」
こんなにも頻繁に肌を晒していると、自分が露出狂になってしまったかのように感じてしまう。まあ、世良をそうさせているのは、変態に果てしなく近い天才。世良の桜を見、随分と機嫌を良くした彼は、今日もまた質感を突き詰めた股間を描いているのだろう。
「あ、汐さん」
「ん。なに?」
「欲しいもんとか、ないっすか?」
「お前、唐突過ぎ。文章には脈絡ってもんがあんの。話は分かりやすくしなさいって学校で習ってねーの?」
どうやら彼の頭の辞書には、ちゃんと『脈絡』と言う言葉が載っているようで安心した。
「ああ。悪りぃ。明後日、近くの神社で祭りがあるんっすよ」
「ふーん?」
「小せぇ祭りなんだけど、毎年、異国の輸入品を扱う露店が来てて。結構、珍しいもんも置いてっから」
「なるほど。それで、欲しいものね」
「なんかあります? 欲しいもの」
「強いて言うなら、パソコンと液タブとネット環境が欲しい」
「それって、輸入品にあります?」
「ないだろうねー」
彼は呆れたように笑っていた。汐はたまに不思議な言葉を使う。彼が何を言っているのかを理解するために訪ね返した事はあるが、どう伝えれば良いのか分からないと逆に悩ませてしまう事が多々あったので、ここ最近は出来る限り触れないようにしている。
「現実的なものを言えば、鉛筆と消しゴムが欲しい」
「えんぴつ?」
「あー……あれ。鉛筆で紙に文字かくだろ? そしたら、消しゴムで消せんの。あれがあったら下書き出来るし、もっと整ったもんが描けたりするワケ。一回、露店で見かけた事あるけど、消耗品の癖して、すんげー高いんだわ。だから、あれはこの世に存在しない事にしてる」
「今でも充分整ってると思いますけど……」
「俺は不満なんだよ。不満だし、不便」
そう言って唇を尖らせる汐に、絵の描き方を知らない世良は適当な相槌を打つ事しか出来ない。まあ、彼には彼なりのこだわりがあると言う事が伝わってきただけで良しとしよう。
「それで、汐さん。俺はいつまでこの恰好しときゃ良いんっすか?」
「うん? もっと脱ぎたいの?」
「誰もそんな事言ってませんけど……」
「良いよ。脱いで。そっちの方が描きやすいし。お前のちんこも、そろそろ忘れかけてる頃だから。見せてくれるなら……って、クソ餓鬼。近いんだけど、顔。邪魔」
好き勝手な事ばかりを告げる彼に近づいた世良は、鼻先が当たる距離で、その不機嫌そうに顰められる瞳を見遣った。
彼を脅す気はないのだけれど、度が過ぎるとさすがに世良の理性も切れてしまう。
「……んな事言ってると襲いますよ。俺、本気なんで」
忠告、とも呼べるこの行動を、彼がどう感じているのかは分からない。汐の瞳には、確かに真剣な顔をした自分が映っているのだけれど、この真剣さが全く伝わっていないのではないかと思わせる、悪戯染みた笑顔を浮かべられた。
「襲わねーよ。お前は」
その確信にも似た口調に、思わず大きな瞬きを数度。
「世良は、俺を襲えない。絶対だ」
筆柄を世良の額に押し付ける汐。一体、その自信はどこからくるのか。こうして顔を近づけているだけでも、世良は汐に口付けたくて仕方がないと言うのに。
「……んなの、分かんねぇっすよ」
「じゃあ、一緒に寝る?」
「は? 本気っすか」
「本気、本気。汐君はいつでも本気ですよ」
からかうような瞳から目が離せない。これは、襲っても良いと言う遠まわしな主張なのだろうか。世良の腕を掴んだ汐は、その言葉通り一組の布団の上へと誘導する。
「あの、ちょっ……汐さんっ」
「ん。じゃあ、おやすみー」
とすんと布団の上に突き飛ばされ、汐はそそくさと腕の中へと滑り込んで来た。
彼を抱きしめて横になってる今、湧き上がるのは、悶々とした性欲でしかない。
抱きたい、襲いたい、犯したい。
そんな物騒な言葉ばかりが霞めて、眠気など来やしない。
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