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当たって砕けて 其の三

 家に帰るや否や、酒を持った悠月が自室へと乗り込んで来た。 「あー……、世良? 大丈夫、やなさそうやな?」  彼は曖昧な笑みを浮かべながら言葉を選んでいる。  目を腫らせて口を噤んだままの世良に、悠月が何を思ったのかは分からない。  目の前には杯が二つ。  中で酒を波打たせ、ゆっくりと浮かび始めた月を映していた。 「その様子やと、偉いこっぴどく振られたみたいやなぁ?」 「……悪りぃかよ」 「ふーん。じゃあ、諦めるんか?」 「簡単に諦めねぇっつったのはお前だろうが」  そう吐き捨てた世良は、手元の酒を一気に煽る。何も言わずに酒を注ぎ足してくれる悠月は、世良からの報告を待っているのだろう。 「俺が、愛すべき人は……あの人じゃねぇんだって」  告げる言葉が曇る。  けれど、もう涙は出なかった。 「へぇ。なんでやのん?」 「知らねぇよ。自分の事なんか好きになったって、俺には何の得もねぇって」 「まあ、損得や考えたら恋愛や出来へんけどなあ」  世良も同意である。しかし、そもそも汐には恋愛をする気がない。故に、損得の話を持ち出された事も、今になれば納得出来た。そんな人間を相手に、恋愛感情を引き出す方法など知らない。当たって砕けてしまった今、次に自分が取るべき行動すら考えられず、暗雲の中で佇んでいるような心境にすらなる。 「相手にその気がないなら、その気にさせたらええねん」 「その方法が分かんねぇんだって」 「こう言う時は、色仕掛けに限る!」 「色仕掛けって……」 「恋人っぽい雰囲気出してみたらええんちゃうかって話や。まあ、相手に脈が無かったらうっとおしがられるだけやけどなー」 「脈がねぇから断られたんだろうが」  これ以上、彼に嫌われるような事はしたくない。今の関係を脱却しようと闇雲に走るしかないのであれば、世良はもうこの足を止めても良いかとすら思うのだ。決して彼への気持ちを捨てる訳ではないけれど、今まで通り、ただ隣で居られるだけで自分は幸せなのではないか、と……。 「とりあえず、口付けでもしてみたらえんちゃう? 嫌がられたら、別の方法考えたらええだけやし」 「口付け……」  呟いた世良は、汐と交わした口付けを思い返していた。 「さっきは、さすがに不機嫌そうにされたけど……、それより前は特に嫌がられる事もなかったな?」 「なんや、もう手ぇ出しとんかいな。さすが世良やわ」 「抱いてはねぇぞ」 「じゃあ、抱いたらええやん」  悠月の言葉に、思わず眉間に皺が寄る。汐を抱きたくない訳じゃない。ただ、世良の目的はそこではない、と何度も欲を殺してきたのだ。まるで、今までの努力が無駄だったと言われているような気がして遣る瀬無い。 「ただ抱くだけちゃうで? たんと甘やかしてやるんや。恋人っぽく、優しくな? もしかしたら、それでころっと落ちてくれるかもしれへんし」 「……落ちなかったらどうすんだよ」 「そん時はそん時や」  悠月はけたけたと笑いながら酒を口にした。彼の言葉を信じて良いものかは分からないが、恋愛を意識させると言う点では間違ってはいない気がする。汐の気が変わっていなければ、贈り物をしたお返しとして抱かせてくれると言っていた。問題なく機会は作れる。しかし、 「それだけの関係になりそうで怖ぇんだけど……」  今まで自分がして来た事。女にもてる汐だって、同じような道を歩んできたに違いない。特定の恋人は作らずに体だけ繋げる。そうでなければ初対面のあの夜に、身を預けてくれる事など無かっただろう。 「そこは世良の手腕やんか。女口説くん得意やろ?」 「今は不安しかねぇっつの……」  らしくないな、と笑われる。  そんな事は自分が一番良く分かっていた。 「でも、世良。今、めっちゃええ顔してんで」  にひひ、と笑う悠月の言葉と、よくよく汐に告げられるそれが重なった。 「どんな顔してんだ、俺?」 「恋する男の子って感じやな!」 「嘘だろ……」  もし、悠月の告げる良い顔と、汐の告げる良い顔が同じものならば。 「最初から知られてたって事かよ……」  頭を抱えるしかなかった。汐は全てを知った上で隣に居てくれた。  彼に恋する自分の表情を、良い顔だと言って絵に描いて、満足そうに笑っていたのだ。 「開き直るしかないっちゅー事やな」  悠月の意見には大いに同意である。どうせ最初から知られていたのならば、思いを告げられる事だって汐も想定していたはず。その証拠にあの時、もう来るな、とは言われなかった。むしろ、頭を冷やして来い、と。  自分が冷静になれば、少しでも大人に近づければ。  汐はこの気持ちを受け取ってくれる気があると言う事なのだろうか……。

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