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甘く優しく 其の三
何が止まらないのか。それを尋ねる前に視界に入ったのは、彼の中心部だ。とろとろと、既に色がなくなった液体を吐き出す汐は、自分に入れられている現実だけで快楽を感じてくれていると言うこと。
「ちょっと、落ち着かせて……。なんかもう、死にそう……」
首筋に当たる彼の髪がくすぐったかった。まるで深呼吸をするかのように大きく深く空気を取り込む汐は今、何を考えて居るのか。だんだんと、彼の体に自分の形が馴染んできている事を感じながら、世良はただその細い体を優しく抱きしめた。
「好きっす。汐さん」
「……そう」
「俺のこと、好きっすか?」
「……さあ」
変わらず告げられる曖昧な返答。彼の顔は見えない。
世良は髪の隙間から覗いていた耳元へ口付け、直接声を吹き込むように囁いた。
「俺以外のことを求めねぇように、あんたをぐちゃぐちゃにしてぇ。俺じゃねぇと、駄目だって言わせてぇんだ。……なぁ、汐さん。振り向いて、俺だけを見て……、愛して欲しい」
甘い吐息のような声色。汐は何も告げなかった。
ただ、ゆっくりと顔を上げた彼は、優しい口付けを施し、そして笑う。
「お前、いつもそうやって口説いてんの。女の子のこと」
「俺が本気で口説きてぇって思ったのは、あんただけっすよ」
「……そう。光栄だね」
結局、汐からの明確な答えは貰えないまま。
再び布団へと彼を押し倒してその艶めかしい肌を見下ろす。
「良いよ、動いて」
恐る恐る綺麗な腿を掴んで腰を揺らせば、彼は明らかな嬌声を漏らして身を捩った。一旦、突き立てていたそれを抜き出して緩やかに最奥を突く。体内を擦るねっとりとした熱に、汐の体は再びどろどろと厭らしく照る体液を吐き出しながら悦んでいる。
「ん、ぁっぁっ、も、煽んなく、て……良、いからっ……んっ。は、ぁっ、俺、もぅ、死にそ、う……ゃ、ぁ」
じゃあ遠慮なく、と。世良は彼の腰を掴みなおした。汐の反応を見ながらも、突き立てる腰つきはどんどんと勢いを増す。ぶつかり合う肌の音。彼の艶やかな声。熱い吐息。その全てが充満する部屋は酷く濃厚で、そして――幸せだった。
「ぁ、ぁっん、は、ぁっ世良、せら、ぁ……っ!」
彼に名前を呼ばれる事で上り詰めた欲は、強く締まる体内へと放出した。ぐ、と身を寄せて抱きしめた体は熱く、どちらのものかも分からぬ心音がどくどくと聞こえている。
「世良」
「なにっすか」
「……キス」
「きす?」
汐の中から雄を引きずり出しながら、聞きなれない言葉に首を傾ける。ただ、自分が問い返してしまった事が、汐の機嫌を損ねる原因となったらしい。不貞腐れたようにごろりと寝返りを打った彼は、「もういい」と、まるで拗ねた子供のように蹲った。
「とりあえず、体拭きますよ。桶と布持ってくるんで」
すっかりとそっぽを向いてしまった愛しい男へ、世良はその頭に柔らかく口付けてから立ち上がる。本当は強く抱きしめて、体中に口付けを落としたいところだけれど、まずは体に付着した汚れや汗を綺麗にしてやらなければ。
「触んな。自分で拭く」
濡らした布を彼の肌に当てた時、未だ機嫌が直らない様子の汐に手の甲を叩かれてしまった。痛い痛いと腰を抑えてぼやきながらも起き上がった彼は、随分と慣れた手つきでその白い肌に付いた汚れを布で拭い取って行く。
「そう言えば、お前さ」
黙々と事後の掃除をしている最中。
汐は思い出したように声を上げた。
「服着る前に、背中見せてよ」
そう言えば、彼が強く爪を立てていたな、と。言われて初めて、背中のじんじんとした痛みに気付く。さすがに血は出ていないだろうけれど、暫く跡は残りそうだ。
「見事なミミズ腫れ。痛い?」
傷跡を細い指先につつかれ、肩が跳ねる。
「そりゃ、痛いっすよ……」
「そう」
呟くような相槌。汐は、何が言いたげに言葉を切った。
「汐さん……?」
世良が首を回して後方を見遣った時、何やら意味深に笑む汐と視線が合う。
一体、何を企んでいるのか、と思わず身構えた時だ。
ゆっくりと世良に顔を近づけた汐は、その傷跡に触れるだけの口付けを落としていく。触れられる事で広がる痛みと温かさ。跳ねる体を必死に堪えたのは、彼の行動を止めたくなかったからだ。
故に世良は黙ったまま、ぐと強く唇を結んで前方へと顔を戻した。声を掛けて、また彼の機嫌を損ねてしまわないように。このまま、汐が自分に触れ続けてくれるように。
「……何か言ったら?」
と、彼は世良の肌に唇を寄せたまま尋ねて来た。
「いや、だって……」
「だって? なに?」
「汐さん、が……」
口付けを止めて欲しくないから、なんて。
素直な気持ちを吐くべきかと悩んだ矢先。
「お前がキスしてくんねーのが悪い」
再び彼の口から飛び出た『きす』と言う言葉。彼は一体、自分に何を望んでいると言うのか。汐の使う不思議な言葉が理解出来ない自分を恨めしく思う。それでも、世良の傷だらけの背中に身を寄せる汐が、少しばかり心を開いてくれたように思ったから。
「汐さん。好きっす」
「……そう」
今は、素っ気ない返事でも良い。いつかきっと、この男が心から自分を欲してくれる時が来る事を祈って。世良は、何度も愛の言葉を静かな空気に溶かし続けたのだった。
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