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嫉妬 其の一

** 「……はあ、」  あれから、世良が汐を抱いてからも、彼の態度は全く変化が無かった。変わった事と言えば、冷たさに磨きをかけた北風が、時おり粉雪を運んで来るようになったくらいだ。  危惧していた体だけの関係にはならずに済んでいるが、少しは自分の事を気にしてくれるかもしれないと思っての行動であったため、世良の落胆は激しい。悠月発案の『とりあえず抱いてみろ』作戦は、失敗に終わったと言って良いだろう。  やはり、どう足掻いても汐は恋人を作る気がないのか。世良の抱き方がいけなかったのか。実は態度には出さないだけで、彼も触れ合いを望んでいるのではないだろうか。なんて、様々な思考が交差し―― 「世良。手、止まってる」 「……っす」  今日も今日とて、汐の家で筆洗いの仕事を頼まれていた。  次第に沈みつつある夕日が、庭を橙色に染め上げている。緩い北風に吹かれた草花はかさかさと音を立て、一日の終わりを名残惜しんでいるようにも見えた。否、それは世良の気持ちか。陽が沈めば、世良は家に帰る。汐は、泊まって行け、とも、早く帰れ、とも言わない。ただ、いつものように陽が暮れるまで、三脚の前で絵を描くだけだ。  敢えて、ここ最近の汐の小さな変化を言えば、何故だかすこぶる機嫌が良い。仕事も締め切り前に仕上げているようだし、依頼を積み重ねている様子もない。順調に仕事が進んでいるから機嫌が良いのか、機嫌が良いから仕事が順調なのか。その理由は世良には分からない。 「世良。こっち見て」 「……っす」  突然名を呼ばれ、世良は手を止めて顔を上げた。視線の先には、筆を縦に持って腕を伸ばしてくる汐。片目を瞑って真剣に此方を見遣る彼は、何を考えて居ると言うのだろう。世良にとっては謎めいた彼の行動ではあるが、汐に見つめられる事に嫌な気はしない。むしろ此方としては喜ばしい事で、世良は今日何度目かも分からないこの行為に文句一つ零してはいないのだけれど。 「あんま、見られっと恥ずかしいんっすけど……」  無言で見つめ合う空間に羞恥を覚えて、思わず視線を逸らす。  世良が手にしていた筆はすっかりと綺麗になっていて、後は縁側に干して乾かすだけだ。世良はおもむろに立ち上がり、縁側に張られた紐へと筆を吊るして行く。もう、この作業もなれたものだ。 「なあ、汐さん」 「なに?」 「手ぇ空いたら、汐さんの絵描いて下さい」 「俺の絵? と言うと?」 「あんたが映ってる絵っす。俺、ちゃんと買うんで」 「親の金で?」 「……っ」  そう言われてしまうとぐうの音も出ない。  ただ、汐は世良を攻めるわけでもなく、からっと笑ってみせた。

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