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満月の夜 其の二

「いらっしゃいませー」  街角の食事処。  世良は店内を見回しながら父親の姿を探した。 「おい、親父」  父親が居たのは店の最奥。他の席から隔離された一等席である。  もちろん、両手に女を侍らせて。  世良の父親まさに、絢爛豪華との言葉が相応しい男だ。整った顔立ちにすらりとした体躯は、我が父親ながらなかなかの色男であると認めてしまう。いつもにこにことしている父親は、女にはとことん甘く、財布の紐もかなり緩い。故に、どこの店に行っても歓迎され、こうして特等席で女を腕の中に抱き寄せている。 「まあ、世良様だわ」 「世良様。お久しぶりです」  世良が父親の居座る座敷に入るや否や、父親の接待をしていた女達が一気に世良を取り囲む。見覚えのある顔が並ぶ事から、父親は贔屓にしている遊女達を連れ立ってこの店に来たのだろう。金と遊女の使い方を大いに間違っている気もするが、金持ちな女好きの考える事は世良には分からない。 「世良も座って飲め。楽しいぞ?」 「ったく、楽しんでる場合じゃ……」 「世良様。さあ、どうぞ」 「ねぇ、良かったら今から私と見世に行きませんこと?」 「ずるいわ。私も、世良様のお相手がしたいのに」  押し寄せて来る女達は、きゃいきゃいと黄色い声を上げながら世良の腕を引く。こちらの言葉になど耳を傾けてくれそうにはない。  しかし、世良がここに来たのは父親を連れ帰るためで―― 「世良?」  甲高い声にまざって聞こえて来た、穏やかな声。本来であれば女達の声に掻き消されてしまうであろう音量のそれではあったが、この声を、世良が聞き逃す訳がない。 「汐、さん……?」  はた、と時間が止まってしまったような気分だった。ちょうど父親の斜め前。左右に女を連れた汐が、きょとんと目を丸めて此方を見遣っていたのだ。 「あんた、なにやってんっすか……」 「町で当主様にお会いしてね。食事に誘って貰ったんだ」  汐はいつものように分厚い仮面を被ってにこりと笑む。きっと、『誘って貰った』は間違いで、正しくは『無理やり連れて来られた』と言ったところだろう。決して汐が嫌な顔をしている訳ではないのだけれど、あまり居心地の良さを感じて居ない事だけは分かった。 「ったく……、おい。くそ親父。汐さんまで巻き込んでんじゃねぇぞ」 「ははっ。そう怒るな。さあ、世良。お前も飲め!」 「だから、飲みに来た訳じゃねぇんだって」 「女を抱きに来たのか?」 「ちげぇに決まってんだろ。あんたと一緒にすんな」  じゃあなんだ、と尋ねて来る父親は、明日の予定など一切頭から吹き飛んでいるのだろう。 「母さんに頼まれたんだよ。あんたに声かけて来いって。明日、朝から来客があるらしいじゃねぇか」 「……あ」 「さっさと帰らねぇと、寝る場所無くなっちまうぞ」 「それは大変だ! すまん、すぐに勘定を……っ」  急に立ち上がった父親は、足を絡めながらも店員へと勘定を告げに行ったようだ。父親が席を離れた間、父親の相手をしていた遊女達に取り囲まれ、世良は完全にもみくちゃ状態であった。 「ったく、あんたらも解散だ。解散。今日は帰ってゆっくり休め」 「さすがは世良様ですわ。お優しいのね」 「世良様も、お気をつけて」  どうにか彼女達を言いくるめ、父親が戻って来るまでの間に退店させる。こちらにその気がない事が分かれば、すぐに引いてくれるのが玄人の良いところだ。町娘のような素人ではそうはいかないから。 「おいおい、世良。なんで皆帰らせたんだあ?」  先ほどまで女達がひしめき合って居た座敷は、父親が戻って来た時には既にもぬけの殻であった。寂しそうに眉を下げる父親には、溜息しか出て来ない。 「帰らすに決まってんだろ。連れて帰る訳にも行かねぇだろうが」 「途中まで一緒に帰る予定だったんだ。一人で帰るのは寂しいだろう!?」 「知るかよ!」 「じゃあ、世良が一緒に帰ってくれるのか? そうだ。久しぶりにお父様とお手てを繋いで……」 「黙れ、くそ親父。さっさと帰って、母さんに首でも絞められてろ」 「俺は世良をそんな冷たい子に育てた覚えはないぞ……っ!?」  随分と酔いが回っているらしい父親との口喧嘩に終わりが見えない。否、父親は酔っていなくてもこの調子のため、世良は顔を合わせる度に口喧嘩をしている気がする。悪い人ではないのだけれど……、きっと父親としては最低な人間だ。 「ったく、言ってろ。……汐さん、もう帰りますよ。家まで送ってくんで」 「うん? 俺は大丈夫だから、当主様と一緒に帰ってあげた方が良いんじゃない?」 「そんだけ酔ってて、何が大丈夫っすか」 「言うほど酔ってないと思うんだけど……」  そう言いながら、汐はゆっくりと腰を浮かせた。しかし、その途中で足がふら付き、すとんと膝をついてしまう始末。だから言ったじゃないか、と呆れ眼で見遣れば、さすがの汐も困ったような笑みを見せている。  そんな中、まるで不貞腐れたような子供のように唇を尖らせているのは父親だ。 「仕方がない。俺は一人で帰って、志奈に温めて貰うとするか」  果たして、志奈――母親が、酔った父親をすんなりと布団に迎え入れてくれるかどうかは分からないけれど、妻の待つ家に帰るのは当然の行動である。「寄り道をするんじゃないぞ」なんて、最後は父親らしい言葉を残して去っていったものの、既に元服を終えた子供に告げるべき言葉ではない。

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