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第4話
寝所に入って抱きしめられると、男が既に萌しつつあることが布越しに分かった。
亡くした妻との美談など、どこまで真実か知れたものではないが、もとより父中納言に言い含められて覚悟の上でやってきたのだ。今からこの男と同衾しなければいけない。それも、自分から望んだような素振りで受けなければ、中納言家は不興を買う。貞之は広い背中におずおずと両手を回した。
頭半分高いところから、口づけの雨が降ってきた。
柔らかく湿った唇が、緊張に渇いた貞之の唇を吸い、甘く食む。目を閉じてそれを受け入れると、拒む気配がないことを感じ取ったのか、舌が大胆に滑り込んできた。
「……ん……」
肉厚の舌が口の中を探索するように入り込んでくる。無意識のうちに頭を反らした貞之は、均衡を崩してそのままもつれるように夜具の上に倒れ込んだ。
一度口を離した男が、両手をついて貞之を間近から見降ろした。見上げたその顔は、物語の中に出てくるような美しさだ。典雅な白い顔の中で、こちらを見つめる二つの闇色の瞳には逆らうことを許さぬ凄味のようなものが滲み出ていた。生まれながらの支配者の顔だ。貞之は怯えたように眼を閉じた。
「怖がらなくてよい。可愛い貴方を愛でるだけだ……」
閉じた瞼に口づけを一つ落とした後、上から覆いかぶさるようにして再び口を吸われる。今度は大きな掌に頭を押さえられていて逃げ場がなかった。息を突く間隙が見つけられぬほどの激しさに、未熟な交わりしか経験のない貞之は溺れそうになる。息をつこうと口を開ければ、男の舌が貞之のそれに絡みつき、音を立てて吸い上げた。鼻にかかった喘ぎが漏れるのを、止めることはできなかった。まるで組み敷かれる女のようではないか。
男は口を吸いながら、衣を襟元から緩めていく。首筋が開け放たれたと思った途端、噛みつくような激しさで喉元を吸われ、怯えたような悲鳴が思わず漏れた。
「まるで小さな鳥のような……」
情欲の絡む声でそう囁かれて、貞之は自分が囚われた憐れな鳥のように小刻みに震えていることに気がついた。
色事の何たるかを、少しは知っているつもりだった。
長続きはしなかったが文のやり取りをし、女の肌も知ってはいる。だがそれは、今思えば童がする真似事のようなものだ。男からの求めは、貞之の知っているお行儀のいい作法とはまるで違った。荒々しく、激しく、己の内の何かを根こそぎ奪られるような交わりだ。望みもしなかったその世界へ、今まさに貞之は引きずり込まれようとしていた。
「……ぁっ!……」
あらわになった胸元に、濡れた唇が寄せられた。先ほど自在に口の中を貪った舌が、柔肉をこそげとるようにきつく嬲る。弱みを見せまいと声を堪えたのを嗤うかのように、痛みを覚えるほど強く吸うと、その突起を今度は唇が弾くように弄んだ。
――おかしい……。
奔放な舌の動きに翻弄されながら、貞之は困惑して視線を宙に漂わせた。
まだ一度も触れられていない下肢のものが張り詰めて痛かった。乱暴にされ、怖ろしさに震えが止まらないというのに、肉体は姫君の元へ通う時より昂っている。
その浅ましい様子を知られまいと、そっと腰を引いた動きが男に知られた。
「あ……!」
屹立の硬さを確かめるように男の掌が載せられた。覆い被さる手を押しのけんと硬く立ち上がっていく自分自身を、貞之は信じられない思いで感じていた。
胸から顔を上げた男が微笑んだ。
「小振りだが、佳い乳房をお持ちだ」
男が両手で乳房をつくるように胸の肉を握った。痩せた貞之の胸は肉を寄せようとしても掴める量がほとんどない。必然、両方の乳首が男の手の中に残り、男はそれをきゅっと抓み上げた。
「あ、あ……!」
「毎夜こうやって愛でてさしあげれば、貴方の胸もふくよかになる」
「……っやぁ」
痛いほど尖った先端を両方とも揉みしだかれていると、ますます下肢が窮屈になっていく。その貞之の惑乱を愉しむかのように、男は小さな肉粒を指先で責め続けた。
息が乱れるほど十分に苛んだ後、男は焦らすように薄い腹を貪りながら、指貫の帯を解いていく。貞之の牡はすでに硬く勃ち上がり、先走りで濡れているのを隠しようもない。下肢が衣から解放された時、貞之は羞恥と屈辱のあまり朱に染まった顔を男から背けた。
「お年はいくつになられる?」
見られているのを感じながら、貞之は『……十七』と小さく答えた。
「ならば、もう女を知っておいでだね」
「あぁ……っ」
知っている、と答える前に、敏感になった先端が濡れそぼった肉に包みこまれた。窄めた唇の狭間をすり抜け、熱い口腔に迎え入れられる。肉厚の舌が先端からくびれにかけてねっとりと絡みついた。女の肉に包まれる時の感触にも似て、それよりももっと強烈な愉悦が貞之に襲い掛かった。
「あ、……あ――……ッ!!」
ひとたまりもなく貞之は陥落した。追い打ちをかけるように、敏感になった全体が口の中に包まれ、啜りあげられた。今まで味わったこともないような、精も根も吸い尽くされたかと思うほどの激しい快楽が、腰の一点を駆け巡り放出されていく。閉じた瞼の裏がちかちかと光る。
間違いなく今まで経験した中で一番強い法悦だった。
「ああ……あぁ……」
放出を終えても痺れるような余韻が長く残り、貞之はため息のような吐息を繰り返す。
胸を喘がせる貞之を最後にひと舐めして、引き攣った声を上げさせてから、男は顔を上げた。闇のような深い色の瞳が炯々と光り貞之を捉えていた。獲物を追い求める狩人のように。
目と目が合ったと知ると、男は長い指で濡れた唇を優雅に拭い、口の中のものをごくりと嚥下してみせた。カァッと頬の熱が増す。弄ばれて他愛もなく陥落し、高貴の人の口の中に粗相をしてしまった。それを目の前で見せつけられるのが恥ずかしくてたまらなかった。
「さても、可愛らしいことかな」
男はその様子を笑い、身に着けていた直衣を脱ぎ落した。もう嗅ぎ慣れてしまった香がふわりと漂って、貞之の鼻を擽る。奥深い、印象的な香りだった。
直衣に隠されていた時には定かでなかったが、単衣姿になると、男が武官と見まがうほど逞しい体つきであることが明らかになった。痩せて小柄な貞之と違って、男には力の漲りを感じさせる成熟した色香があった。
この肉体の持ち主に、二度も組み伏せられたのだ。逆らえなかったのも道理だ。熱で臥せっていなくとも、男がそうと望めば逃れることはできなかっただろう。
「力を抜いていなさい。ひどいことはせぬから」
蛤を合わせた容器から何かを指にすくい取ると、男は貞之の膝を割って拡げさせた。身体の奥に差し込まれた指が小さな門を探り当て、そこに練り薬のようなものを塗り込める。膝を閉じて拒絶したいのを我慢しながら、貞之は浅く息をついて身体の強張りを逃がそうと努めた。
「そう、そのまま……」
「ん……っ」
ゆっくりと指が体内に侵入してくる。まだ痛みはなく、あらぬところに入れられた異物感があるだけだ。内部をぐるりと拡げながら指が出てゆき、抜ける寸前で再び差し入れられる。その動きに呼吸を合わせることを覚えた頃、指の太さが増した。
「痛むか……?」
二本に増やされた指が慎重に入り込んでくる。詰めてしまいそうになる息を逃がしながら、貞之は首を横に振った。
初めての時はいきなり男を挿入されて、声さえ出れば叫びたいほど苦痛だったが、今はただ拡げられていると感じるだけだ。腰の奥の方にむずむずするような奇妙な感覚があったが、痛みと呼べるものではなかった。
大きさに馴染ませるように二本の指をしばし留まらせた後、男は指をゆっくりと抜き差しし始めた。内壁を押しながら往きつ戻りつする指の感触を追っていると、時折身震いするほどの痺れが腰の奥に走る。力を入れようとは思っていないのに、勝手に奥が締まって男の指を引きとめるようにしてしまう。男はその感触を愉しむように指を留まらせ、その部分を押し上げるように小刻みに揺らしてきた。そうされると震えるような痺れは強くなり、ますます下腹に力が入った。
気がつけば、放出を終えて萎えていたはずの前が、再び力を持って張りつめている。
「あ……」
困惑したような声を貞之は上げた。
ついさっきまでは不快感の一部にしか過ぎなかったのに、今は男の指の感触が官能を伴っている。腹の内側を指で擦られると、吐精に向かう時のようなもどかしい感覚があった。指に圧されるたびに、下腹で頭をもたげる屹立がぴくりぴくりと頭を揺らす。精を吐き出したくて我慢ならない。
ここをもう一度舌で包んでもらったらどんなに気持ちいいだろう。舌でなくてもいい。手でこれに触れて、放出の快感を味わいたい。
無意識のうちにそこへ手を伸ばしたのを、男の視線が捕らえていた。
「力を抜いて。辛ければ言いなさい」
「ひ……!」
押し殺すような声で囁くと、男は指を中で拡げた。男の太い逸物が出入りできるように、ヒクヒクと震える小さな口を指が拡げていく。貞之は目を閉じて、体の下に敷いた夜具をぎゅっと握った。
「息を吐いて」
足が抱えあげられ、あらわになったところに硬いものが押し付けられた。貴公子めいた顔に似合わぬ、猛々しさを備えた男の牡の部分だ。貞之は怖ろしさに夜具を握ったまま顔を背けた。辛かった二度の夜を思い出し、兆しかけたものも萎えてしまう。
「息を――」
低めた声が命じるままに、貞之は細く息を吐いた。
「ぅぁあ……っ!」
間を置かず、大きく漲ったものが軟膏の滑りを借りて入り込んできた。いっぱいに門を押し広げながら張り出した先端が入ってくる。大きくて硬くて、裂けてしまいそうに苦しい。先の二晩より、一回り大きいのではないかと感じるほどだ。
無理だと弱音を吐きそうになった瞬間、一番張り出した部分が通り抜けた。残りの竿の部分が一気に奥まで滑り込んでくる。
「……ひっ……」
尖った息を吸い込んで、貞之は体を強張らせた。体の中心を、杭のように太い男の逸物が貫いていた。本来入る余地のないところに押し入った異物は、下腹を内から押し上げてくる。ちょうどささやかな牡が立ちあがっているその根元の奥だ。痛みとも快感ともつかぬ感覚に、貞之は体を震わせた。
奥まで体を重ねた男も苦しげに吐息をついた。何かに耐えるように瞼を閉じ、秀麗な眉をひそめ、その感覚が和らぐのをじっと待っているようだ。苦痛を堪えるようなその面が、うっとりするほど魅惑的に見えて、間近で見ていると乙女でもないのに胸が高まる。
思わず貞之は手を伸ばして、その気高く整った頬に触れてしまった。――瞬間、音を立てるかのように切れ長の目が開き、退こうとした手を掴まれた。苦し気な表情が一瞬その面を彩った。
「貴方が愛しくて我を忘れてしまいそうだ。乱暴はすまいと自分に誓ったというのに」
掴んだ掌に口づけた時には、もう見なれた笑みがその面には浮かんでいた。
「……私が嫌いか?」
少しばかり不安そうな顔で男が問うた。予想もしない問いかけだった。反射的に首を横に振りながら、貞之は考える。――嫌い、なのだろうか。
いいや、そうではないと貞之は思った。
男は確かに強引で乱暴だった。良いように扱われることに腹が立ったし、小馬鹿にされたようで悔しかった。だが、憎み、嫌っているかと問われれば、そうではなかった。
二度目の夜に男がやってきたとき。驚き、呆れ、怒りもしたが、人違いで来たのではないと真正面から迫られれば、死に物狂いで逃げる気にはならなかった。気遣う言葉や甘い睦言、大きな体に抱きしめられる温もりが、これこそ長年待ち望んでいたものだと感じるほど心地よかった。枕元に置いて行かれた甘蔓の菓子も、本当に忌まわしく思っていたなら捨てていた。
――嫌いなのではない。怖いのだ。
「ならば腕を私の背に回して、両手でしがみついていらっしゃい」
しがみつかねばならないほどきつく揺さぶられる。それを知って怖ろしかった。けれど両手を男の首に回し、単衣越しに体温を感じるとどこか安堵するのも事実だ。苦しくとも縋り着くことが許されているのだから。
貞之が襟元をしっかり握ったのを確かめて、男がゆっくりと身体を揺らし始める。慣れぬ貞之を思いやってか、船に揺られるように緩慢な動きだった。
「……あ、あ……んんっ……」
男が深く入ってくるたび、体の奥底から切ない疼きが生まれた。貞之は男にしがみつきながら、体が求めるままに声を上げた。苦しいはずなのに気持ちいい。体の奥から蕩けて、自分が自分でなくなってしまうようだ。貞之の零したもので男の単衣の腹が冷たく湿っているのが分かる。身の内の好い場所を押し上げられ、牡の部分を濡れた衣で擦られれば、怖れで遠ざかっていた官能があっという間に舞い戻ってきた。
火照った顔を隠すために、貞之は汗ばんだ男の首筋に額を擦りつけた。自分が高まっていくのがわかる。忍んできた男に身を許し、二度三度と枕を交わすうちに肉体が慣らされ、ついには男の体の下で悦びを覚える。これではまるで男を通わせる女のようではないか。
――違う。貞之は自分に言い聞かせた。
自分はただの地下の官吏に過ぎず、殿上人の酔狂に付き合わされているだけだ。こんなことはすぐに終わる。今だけ耐えればいい。今だけ――。
「く……!」
短い呻きとともに、男が突然動きを止め、太い杭を根元まで埋め込んできた。身体の奥に温かいものがじわりと滲む。荒い息遣いと上下する肩に、男が終わりを迎えたのだということが分かった。
「あぁ……」
長い吐息とともに、男が体の重みを貞之の上に預けてきた。汗ばんだ身体の熱となかなか収まらぬ荒い呼吸が、男の放埓が浅からぬことを物語っていた。
首に回した腕をゆるゆると解くと、男が褥に手をついて上体を少し持ち上げた。口元に悪戯そうな笑みを浮かべながら貞之を見下ろしてくる。怖いほど深い闇色の瞳に見惚れていると口を吸われた。喘いで乾いた口の中を、濡れた肉厚の舌が這いまわり、舌を絡め、唇を甘く噛んで吸われる。まるで魂ごと貪るような激しい接吻だった。
受けるうちに身体の力が抜けてしまい、甘えるような吐息が鼻から零れた。息苦しさから逃れるように顎を反らすと、それを追って男が伸びあがるように体を密着させてきた。まだ穿たれたままだった楔が深く押し付けられるのと同時に、再び内腔を押し広げていく。
「あ、や……っ!」
思わず男の胸に手を突っ張って、貞之は身体を引き離そうとした。体内で硬く反り返ったものが最奥を押し上げて、甘い疼痛のようなものが腰全体に広がったからだ。
「いやか? 本当に?」
情欲に濡れた声で男が囁く。その間も圧迫感はどんどん強くなる。男が大きくなっているばかりでなく、自分の肉体がそれを締め付け、無意識のうちに痺れるような疼痛を貪っているからだ。
「ぁ……そんな……」
信じられない……と貞之は己の下腹を見下ろした。体の中心が涙に濡れながら痛いほどに反っている。後もうほんの少し衣に擦れるか、手で触れられるかしただけで、あっけなく零してしまいそうだ。
乞うように、震える両手で貞之は男の胸を押した。もう父に言いつけられた役目は果たしたはずだ。男が退いてさえくれれば身体の熱も治まって、これ以上無様で浅ましい姿を晒さなくて済む。
「もう……お放しください」
貞之の懇願に、男は何も答えなかった。
胸を押す手に力を籠めると、男の上体が離れていき、深々と打ちこまれた楔も抜け出ていく。敏感になった身の内を太いものに擦られる感触に耐えようと、腕の力が抜けた瞬間――覆い被さった男が再び凶器を沈ませてきた。
「あぁ――ッ!……いやだ……や……!」
首を振って嫌がる貞之を腕の中に捕らえ、きつく拘束して男が腰を打ちつける。先程までは手加減してやっていたのだと言わんばかりの荒々しさだった。
男が吐き出したものが滑りとなって、入り口から奥までを一気に犯される。肌を叩く濡れた音が耳を刺す。男の牡は肉の締め付けを振りほどき、縋りつく手を上から押さえつけて、貞之を完全に征服した。
「ひゃぅッ……!」
突然、腰の後ろから背筋を通って頭の芯まで、熱い熱の塊のようなものが駆け抜けた。下腹がきゅうきゅうと震えながら締まり、張りつめた屹立が大きく振れた。内側から男の牡に圧されて、精が駆け上がってくる。
「ぃ、ぁ、ぁあ――ッ……!」
悲鳴して仰け反りながら、貞之は昇りつめて弾けさせた。触れられもせぬまま腹の上を熱い飛沫が濡らしていく。断続的に吐き出しても、男の牡に突き上げられるたびに高まる射精感は強弱をつけながらどんどん強くなっていく。
「もう、やめて……やめてぇ……っ」
縋るように哀願しても男の攻めは止まず、吐精しても脳髄を犯す熱は去らなかった。絶頂のその頂に押し上げられたまま、いつまでも現に戻ることができない。男が腰を打ちつけてくる場所から熱が生まれ続けて、頭の芯が真っ白になっていく。
「やぁぁ……また来る、来るぅ、や、ぁああ――――ッ!」
もう、何も考えられなかった。貞之は声をあげて泣き叫びながら幾度も幾度も昇りつめ、――やがて解放されると同時に意識を手放した。
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