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第9話

 優しく重ね合わせた唇が、解けるように開いて互いの温もりを確かめた。柔らかい肉片を食み、軽く吸い、舌を差し出して絡め合う。頼房の両腕が痛いほど強く貞之を抱いた。  褥を交わすたび、頼房は貞之の体を強く抱きしめる。捕らえた獲物を逃がすまいという、遊び慣れた男の常套手段かと思っていたが、そうではない。頼房は怖れているのだ。目の前の相手が知らぬ間にいなくなり、己の手の届かぬ所へ消えてしまうのを。 「……大臣」  貞之は慈しみを込めて、縋りつくように口を吸う相手を呼んだ。  遠く離れた宇治でさえ、頼房には苦にならぬ隔てであったに違いない。頼房の最愛の奥方は、何日馬で駆けても行きつけぬ場所へ逝ってしまった。どんな思いで雪道を駆けてここへやってきたのか、母を亡くした貞之には痛いほどわかる。  北の方の身代わりでも、もう構わなかった。京の屋敷に迎えられ、いつかは疎んじられるさだめも受け入れよう。今はただこの寂しい男の拠り所となって、互いにしか与え合えぬ熱を交わしたかった。 「すまぬ……貞之殿」  唇を離して貞之の首筋に顔を埋めた頼房が、切なく声を掠れさせた。密着した互いの体の間で、頼房の牡が猛々しく姿を変えていた。 「貴方を大切にしたいのに、貴方をこの腕に抱くと自分を抑えられぬのだ……」  頼房が苦しげに言う。  ただ肉欲を交わらせたいと望むだけなら、頼房は今までと同じように強引に奪うことができた。力づくで貞之を組み伏せることも可能だし、住職に言い含めて貞之を従順にさせることも簡単なことだ。だが、頼房はそうはしなかった。俗世の欲を捨てきれぬ己を恥じながらも、触れる許しを乞うように貞之を抱きしめている。まるで聞き分けのない、大きな童のようだ。 「大臣……」  貞之は微笑んで頼房の手を取り、単衣の襟元に触れさせた。果たして頼房は見分けられるだろうか。綾織のこの単衣が、元はと言えば誰の単衣であったのかを。 「!……貞之殿……」  絹に触れたその感触で、頼房には直ぐに分かったらしい。熱い声で名を呼ぶと、頼房は貞之を円座の上に押し倒した。上から覆い被さって口を塞ぎ、吐息さえも奪う激しさで貪る。大きな手が単衣の袷の内へ滑り込んできた。 「ンッ……!」  指先に乳首を探し当てられて、貞之は短い喘ぎを漏らした。待ち望んでいたかのようにピンと立ち上がった肉の粒を、頼房の長い指が抓んでいた。指の腹で軽く捏ねては先端を撫で、周りの敏感な部分を円を描くように擽り、時折痛いほど抓み上げる。 「フ……ンゥッ……」  口を塞がれているせいで、甘えたような吐息が鼻から洩れた。乳首を弄られるたびに下腹がビリビリと疼き、貞之のものも頼房に負けぬほど勢いを増した。 「……小さくて可愛い乳房だ……」 「……ッ……」  唇を離した頼房が耳朶をぞろりと舐めながら囁いた。大きな声が出そうになって、貞之は慌てて手で自分の口を塞ぐ。宿坊の部屋は狭く、すぐ両脇にも部屋が並んでいる。声を上げれば二人が何をしているのか誤魔化しようがない。頼房ほどの身分の人が、数にもならぬ下級官吏を宇治まで追いかけ、京へ戻るのを待ちもせず寺で事を致したと知られるわけにはいかなかった。 「貴方は本当に可愛い……」  背後から貞之の体を抱いた頼房は、恥じらいで熱を持った耳朶に軽く歯を立てた。貞之が声を殺そうとしているのを察したようだ。それなのに、まるで貞之の忍耐を試すかのように尖った舌先が耳の中に入り込んできた。 「耳も感じやすいな」 「……!……!」  後ろから回った頼房の手が指貫を脱がせ、単衣の裾を割って足の間に入り込む。硬く反っていたものが頼房の掌に囚われた。先走りの潤いを全体に塗り込めるように、長い指が優しく絡む。耳朶を甘く噛まれ、張りつめたものはゆるゆると扱かれた。腰の奥にきゅん、と甘美な疼きが走り、思わず腰を退けば臀部の間に頼房の硬いものがあたった。布越しなのに、恐ろしいほど猛っているのがよくわかる。  ぶるりと震えて、貞之は単衣の袖を噛み締めた。この大きな頼房を、今から尻の中に受け入れる。無意識のうちに閉じてしまいがちの両足を、頼房の手が大きく広げた。 「……床に伏せて」  命じられるまま、貞之は手をついて低く這った。単衣の裾が腰の上まで捲り上げられる。視線を感じると恥ずかしさにいたたまれなくなって、貞之は重ねた両手の甲に額をつけた。額の熱で手の甲が熱くなり、顔中が真っ赤に火照っているのがわかる。逃げ出してしまいたいほど恥ずかしいのに、頼房の手で両足はさらに大きく開かれて、足の間で揺れるものまで丸見えになった。  頼房は幻滅しないだろうか。奥方とはまるで違う男の陰部に、兆し掛けた欲情も霧散したのではないか。  そんな不安が頭をよぎるのとほぼ同時に、冷たく濡れた指が期待にヒクつく小さな穴に宛がわれた。 「ぁ……んっ」  つぷ、と微かな音を立てて、頼房の長い指が閉じた口の中へスルスルと潜り込んでくる。酒を塗して濡らしたようで、肉環の縁にジワリと熱が走った。指を付け根まで埋め込んで、頼房はそれをぐるりと回した。 「……ぁ、っ……」 「上手に呑み込めたね。……うんと気持ちよくしてあげるから、腰を高くしておいで」 「は……い……」  頼房に褒められると鳩尾からゾクゾクするような昂揚が湧きおこる。僅かな排泄感と異物感の向こうに、すでに快楽の予兆があった。この中を弄られるのが心地いいことを、貞之はもう知ってしまっている。  貞之は恥ずかしさに耐えながらも、愛撫を受けるために尻を高々と上げた。まるで犬のような姿勢だ。 「んっ……」  頼房の指が中で動き始めた。貞之は目を閉じて、指の感触を追う。  肉の壁を内側から押し広げるように、指はゆっくりと内部をまさぐった。大きく円を描いて拡げたかと思うと、腹の内側を何度も押し上げる。一番奥まで入ったかと思うと、行きつ戻りつしながら寸前まで抜け出て、今度はまた指の付け根が食い込むまで深々と入れられる。 「……ぅ……んっ……」  貞之は単衣の袖を引き寄せて、呻きを吸わせた。指の数が増え、内部を開く動きが激しくなる。頼房の男は逞しいために、しっかりと中を拡げておかねば苦痛が強いのだ。けれど、いまはもう快楽の方が割合を増している。  反り返った自分のものから先走りがトロトロと零れて板間を濡らした。頼房のもう一方の手がその雫を掬い取って、弾けてしまいそうな砲身を愛撫するから堪らない。自分だけが放埓を迎えてしまいそうだ。  袖を噛み締めて何とか耐えようとするのに、長い指はますます奔放に動いて貞之を追い上げる。中と前を同時に弄られると、誘うように尻が揺れ動くのを止められなかった。 「もう……っ!」  貞之は単衣の袖から口を離して、囁くような声で訴えた。 「……もう、気をやってしまいます……これ以上は……」  果てて悦楽が過ぎ去る前に頼房を感じたい。そう訴えた貞之の体内から、頼房の指は抜け出ていった。  絹が擦れる音がする。硬い板間に両手を突き、貞之は剥き出しの腰を高く掲げたまま待った。  愛撫を失った後孔が物欲しげにヒクヒクした。いったいいつの間にこんな浅ましい体になってしまったのか。嫋やかな美姫でもあるまいに、頼房のような立派な貴公子を待ち望むとは。  こんな淫らな行為に溺れていることを寺の人間に知られたら、恥ずかしくてとても顔を合わせることができない。単衣の袖を搔き寄せて、貞之は声を上げまいと口元に押し付けた。 「許せよ、貞之殿……」 「……ッ」  硬く張りつめた怒張が、後孔に押し当てられた。そのまま深く沈み込んでくる。痛みと、異物感と、頼房の牡に支配される感覚に気持ちが昂っていく。 「ふ……ぅっ……」  逞しい怒張がじわじわと沈んでくる苦しさを、貞之は袖を噛み締めて堪えた。男のこの部分は正直にできている。言葉をいかに飾ろうと、心惹かれぬ相手の前では役に立たぬものだ。頼房の力強さが自分へ向けられる情の強さをそのまま表しているようで、苦しみさえも今は嬉しい。その喜びを表すかのように、貞之のものも挿入の苦痛に萎えることなくそそり立っていた。 「あ……」  背の上にのしかかってくる重みを感じて、貞之は小さな声を上げた。頼房が根元まで収まった。這って後ろから受け入れる姿勢のせいか、今までよりも深い場所まで頼房の存在を感じる。腹の底が押し上げられて捩れそうな感覚があった。 「貞之……苦しいか」  背に覆い被さった頼房が耳元に囁いた。頼房の体は大きくて、貞之は腕の中にすっぽりと収まってしまう。  苦しくて答えずにいると、首筋を強く吸われた。そんなところを吸われたら跡が残って人目についてしまう。いやだ、と首を振るとそれを問いへの返答と受け取ったのか、体を起こした頼房が動き始めた。 「!……ゥッ……ウッ……」  後ろから深く抉られると、声を上げまいと思っていても押し出されるように呻きが漏れた。反射的に逃げかかる腰を両手で押さえ込み、頼房は立派な剛直で貞之の狭い穴を掻き回す。張り出した雁が浅い場所を通り過ぎるたびに身震いするほどの射精感に襲われ、一番奥をぐりぐりと抉られると一瞬気が遠くなって失禁しそうになってしまう。  獣が交尾するときのようなこの姿勢は、向かい合ってするときよりも交わりが深い。貞之は床に額を擦りつけ、獣のように息も絶え絶えに鼻息を漏らした。口元はもう唾液でしとどに濡れていた。そんな風にされては、とても声を抑えきれない。 「お……と、ど……!」  手加減を乞うて、貞之は腰を掴む頼房の手に片手を伸ばした。下腹が痙攣して、もう気をやってしまいそうだ。縋るように触れた手が頼房の手に掴み取られた。 「貞之……!」 「アッ……ッ」  ぞわり、と全身の毛が逆立つような気がした。手首を握って引き寄せられた体の奥深くを頼房の牡が進んでくる。今までよりもさらに深く、体の奥を抉じ開けるように強く。 「あ、あ、アッ……アァ――――ッ!」  腹が捩れる、と思った瞬間、貞之は昇り詰めていた。腰から脳天までビリビリとした痺れが走り、頭の中が真っ白になる。目の前で火花が散り、涙がこぼれ出た。喉から抑えきれない悲鳴が迸った。 「やぁああッ……あ、あ、おとど……ッ!」  片手を掴んだまま、後ろから頼房が激しく挑んできた。剥き出しの臀部を叩く乾いた音が部屋の中に響く。這って逃げようとしたが、片腕と腰を掴まれていて逃げられない。荒々しい凶器が腹の中を掻き回す。立て続けの絶頂に貞之の牡が蜜を吐き出したが、射精感は去らなかった。何度も何度も襲い来ては、貞之の脳髄を焼き尽くし、蕩かしていく。  法悦に全身をぶるぶると震わせながら、貞之は許しを乞うて叫んだ。 「……や、めてぇ……!……もう、いっちゃ……またいっちゃぅうッ……ッ!」  だが後ろから聞こえてきた声は、貞之の願いを汲んでくれるものではなかった。 「可愛い、姫だな……貞之殿。何度でも果てればよい……!」 「ひゃうッ!……いやだ、なにを……!」  伏せていた体が後ろに強く引かれ、貞之は仰け反るようにして上半身を持ち上げられた。起き上がった体は、胡坐をかいた頼房の膝の上に、足を拡げて座らされる。体の奥には無論頼房が入ったままだ。 「私とともに京へ戻ると言いなさい」 「ぁあああッ……」  ずん、と自重で体奥を突かれて貞之は悲鳴した。萎えた牡の象徴からトロトロと透明な蜜が溢れていくのが見える。それなのに吐精する瞬間のような悦楽は弱まりもせず、痙攣するように下腹を何度も震えさせた。 「や、めて……」  ゆさゆさと膝を揺らされると頭がおかしくなりそうだ。腰から下がぐずぐずに蕩けて、気をやり続けるような感覚がある。自分が自分でなくなってしまいそうだ。この身体が、まるで妻を亡くした憐れな頼房のために神仏が授けた器であるかのように。 「やだ、ぁあああッ……もう、そこをつかな、いでぇッ……ああぁ――――ッ」  繕うこともできない嬌声が喉を迸っていく。腹の底からくる快楽が強すぎて、声でも上げなければ正気を保っていられない。  頼房は胡坐を揺すって貞之をなおも啼かせながら、前に回した腕で崩れそうな体を支え、乱れた単衣を大きく開いた。 「京に戻って、私の元へ来るか……?」 「……ッ……」  張りつめた胸の突起が指に抓まれた。ビリビリとした痛みが腰を奥を直撃して甘い官能に変わっていく。――貞之はやっと頼房の意図に気付いた。  頼房は生まれながらの支配者だ。すべてを与えられ、欲して手に入らぬものなど何一つないまま長じた。貞之を逃がすつもりも初めから毛頭ないのだ。  貞之が望むなら共に寺に残るといった言葉に嘘はなかったと思いたい。だが貞之も思ったように、狭く粗末な寺での生活を続けられるほど頼房は忍耐強くないだろう。だから頼房は、貞之が自分の元へ来ざるを得ないように、わざと声を上げさせているのだ。 「……ずる、い……ッ」  やはりこの男は優しくなどない。傲慢で自分勝手で乱暴で、欲しいものは何でも手に入れねば気が済まず、その上執念深い。 「あぁそうだ、私は狡い男だ。……欲しいものは何でもあげよう。貴方を手に入れるためなら何でもする。だから、私の元へ来ると言いなさい……!」  頼房ももう限界が近いのだろう。苦しげな声だった。  逃げられない――分かっていたことではあるが、貞之はやっとそれを受け入れた。手段を問わず自分を求めてくれた頼房の傍にいよう。貞之が求めるものと、頼房が望むものは同じなのだから。 「……いきま、す……い、くッ……!……ァッ、アッ、アアァア――――ッ……!!」  きゅ、と両の乳首を抓まれて貞之は高く叫んだ。閉じた瞼の裏で閃光が立て続けに弾けて散り、咆哮せずにはいられない悦楽の波が押し寄せる。何度目かもわからぬ、頭の中が焼き尽くされるような絶頂だった。 「……もう、離さぬ……ッ」  後ろから回った腕が貞之を痛いほど抱きしめた。ドクドクと脈打つ砲身から熱いものが迸り、体の奥を満たしていく。温もりと呼ぶには荒々しすぎるそれを感じながら、貞之は自分が幸福感で満たされていくのを感じていた。

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