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3 眼差し

力なく教科書を元の場所に戻した隼人は、何を捨てて何を取っておこうかと考えながら自分の荷物を見て、思わず苦笑した。 もう、何もかも必要ないのだ。明日、死ぬのだから。自分のものはもう何もいらない。 その時、視線を感じた。顔を向けると、案の定、鳴瀬がこちらを見ていた。 これまで数えきれないほど見てきた、彼の静かな双眸。この眼差しを向けられると、なぜか包み込まれているような気持ちになる。 鳴瀬とは出身が同じで、尋常小学校の頃から同級だった。それから大学までずっと一緒だ。まさか召集される時期も配属される基地も同じになるとは思わなかったが。 「香坂、大丈夫か」 気遣わしげに問われて、笑みを浮かべて頷き返した。しかし彼は目を細め、すっと手を伸ばしてくる。周りの目を気にした隼人が身を引く前に、額にひんやりとした手のひらが触れた。 「熱はなさそうだが…」 昔、隼人は母親に似て体が弱く、たびたび熱を出して寝込んでいた。その度に鳴瀬は見舞いに来て、いつまでも枕元で心配そうに隼人を見ていた。 高等小学校に上がる頃には体調を崩すこともなくなり、徴兵検査にも通ってこうして召集されるほどには丈夫になっているわけだが、それでも彼にとって隼人は今でも『病弱で放っておけない幼友達』なのかもしれない。

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