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第19話
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オレはこっちの高校では地味に静かに穏和しく過ごそうと決めた。
この高校ではオレはよく思われていないというのが本音。三条に相談したとしても気を遣って隠すだろう。
オレの消えはしない過去。オレがチーマーだったことが中学校ではえらく有名なのは、ただのオレの思い込みと自意識過剰の所為ではない。ということは、中学校が同じだったヤツはオレが昔どういうヤツだったか知っているワケだ。
オレはまぁ、チームの長に好かれていたっていえば好かれていたし、大城隼汰といえば名が売れている。
オレのいたチーマーは東京を拠点に全国にある暴走族の予備軍だ。そしてオレは上から4番目にいた。おそらく実家が総合病院だから。何かあったとき、脅せば金を巻き上げられるとでも思ったのだろうか。
そんなだから高校は実家から遠くしたんだけどね。
オレには端的に言えば部下みたいなのがいた。何人も何人もと。後先考えずに行動する奴等だ。
昔「大城」で勘違いされた黄多さん(兄貴な)がオレと間違われて襲われたコトが一度あった。
ここの高校の先輩には、廊下での擦れ違い様、唾をかけられたり、足を引っ掛けられたりとかされたけど、オレが今迄やってきたコトを考えれば当然。それくらい名が売れてたってことか。
一部の女子からは怯えた目つきで見られることもしばしば。
ラブレターに扮した挑戦状とか貰う時もある。驚いたのと、ショックだった。でも。それでもむこうの高校に戻るよりはマシだろうから。ただ我慢すればいい。これはイジメではない。復讐みたいなものなんだから気にする必要はない。
・・・・・・・・・復讐。復讐か。
復讐・・・・・・・・・
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・・・・・復讐・・・・・か・・・・
色々と考えていたら気分を害して、この日はオレは、早退した。
三条もくどく言ってこない。荷物を纏めて下駄箱を開けた。
灰色の物体。赤も少し混じっている。
ネズミ。・・・・・・の死骸。靴がその下にある。
大きく溜め息をついて、俺は靴下を脱ぐ。疲労感に襲われ、このまま玄関で寝てしまおうかとさえ思った。
裸足になって、置いてあるすのこから足を下ろす。コンクリートの敷き詰められた床は冷たかった。
復讐。チーマーを辞めるきっかけは、復讐だった。
「ヘェ、テメェが大城隼汰?妹が世話んなったなぁ?」
サイネ。あの子はオレに、何を言いたかったのだろう。というか、何故オレはいきなりそんなコトを考えるようになってしまったのだろう。会ったワケでもないのにさ。
「イテッ」
そうだ。裸足なんだ。
小石か何かを踏んだらしく、痛みが足に走った。もっと道に注意すべきなんだろうけど。じゃりじゃりとした感触が伝わってくる。
何故嫌がらせを受けるのか。そんな理由、明々白々。別に惨めでもなんともないんだよ、オレには。惨めな思いなら、とっくに慣れている。だからオレに、「可哀想」だなんて言葉をかけるな。
じんじんと疼く足。傷は無い。でも疼く。
脳裏が、いつの日にか見た光景に支配された。いつの記憶だろう。その光景を思い出そうと記憶を辿っていく。
殴られて、蹴られて。もっと痛い思いしたコトだってあったのに。今はこんな傷にもならないくらいの痛みが酷くツライ。
今はツライよ。今を生きるのは。過去とは殆ど違う生き方をしてるから。
暫く歩いて、漸く駅に着いた。廃れている駅だから人は少ない。
「オイ」
肩を背後から鷲掴まれ、オレは振り向いた。
金髪に眉毛の無い男がオレの肩を掴んでいる。背は少しオレより高い。体格がいい。
「はい・・・・・?」
人畜無害そうなヤツのフリをしていればいいだろうか。
オレ等はいつも、こっちじゃなくて、そっちの立場だったから、こういうのに巻き込まれないようにするにはっていうの、全然分からないワケ。何の話かって?カツアゲ。
「何か用ですか?」
後ろから腰に何か突き付けられた。凶器の類だろうか。携帯ナイフくらいなら対処したことがあったけれど、大きいサイズだと難しい。
「・・・・テメェ・・・・大城か・・・?」
腰に軽く痛みが走る。軽く蹴られたのか。
「・・・・・よぅ。テメェのコト知ってんぜ」
後ろから首に腕を回される。
「一人の女を輪姦したんだってな」
耳元で囁かれる。
「!?」
「もう忘れちまったのかよ?ありえねぇ」
何故だろうか。勝手に右腕が出た。勝手に右腕がこの男を殴った。
イイ所に当たった感触。嫌に懐かしい。まだ人を殴る感覚を忘れていないのが嫌だった。
「ふざけんなクソ野郎」
転倒した男。両手で鼻を押さえている。
「テメェ、ただで済むと思ってんじゃねぇだろうなぁ?」
男がオレに殴り掛かる時に鼻から離れた腕の影に赤が見えた。
何を考えていたのだか、オレはこの男の拳を避けなかった。
ド派手に頬骨に当たったけれど、転倒しないようにと、予め両足を開いてバランスを保った。
その後すぐに反撃すればよかったものをオレは流し、相手にもう一発殴らせる隙を与えてしまった。
さっきよりも幾分か力が増していて、今度ばかりは転倒は免れられなかった。
転倒したオレに起こす余裕も与えず、何度も蹴ってくる男。
口内に広がった独特の甘味と苦味。
まだあの人には会ってなかった頃。オレが平然とやってきたコトで、オレが普通にやられていたコト。
痛みには慣れている筈だった。でも、痛みに慣れるなんてことはないのか。
「イッ・・・・」
男の足が腹に入った瞬間いきなり瞼が重くなり、目が開けられなくなった。
遠い意識の中で、少女が見える。
薄茶色に近い鼈甲色の髪を赤いリボンで結んだ女の子が告白してきた。色の白い女の子だった。
優しそうな笑みを浮かべて、大城先輩が好きだと伝えてくる。真っ直ぐな瞳に自分は怯えた。
この子は本当に自分を好きなのか。この子は本当に自分を愛してくれるのか。わずかな安堵感と不安。
何となく試した。本当に、何となく。
自分のチームのアジトに来いと言った。厳つい輩がうようよいる、恐ろしいあの場所に。
本当に来ると思わなかった。
彼女は来た。
何も知らない奴等が彼女を迷い込んだものだと思い込み、数人で輪姦した。抵抗する彼女に、苛烈な暴力まで与えて。
毟り取られ、切られた綺麗な鼈甲色の髪。
殴られ蹴られ、腫れ上がった顔。
ライターで炙られた腕や脚。
その数時間後、綺麗な少年がやってきた。
好戦的な態度。やられなければやられると思った自分は彼の隙をついて、目を潰してしまった。
そして知らないほうがよかったことを知ってしまう。
彼が彼女の兄だったということを。
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