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第26話

***   部活が終わったのは4時半だった。今日はミーティングだけ。レギュラーを辞退したため、早目に帰宅を許された。   咲良は「大城総合病院」の自動ドアをくぐる。真新しく、中も某テーマパーク並みに清潔だと見て分かる。   受付には人が一杯居るというのに、狭さを感じさせない。   咲良は受付を横切る。すぐに見えるのは眼科だが、通り過ぎて行き、一番東の階段を上っていく。   「F5」と大きく灰色の壁に青で書かれた踊り場にある重そうなドアを開く。   左右に奥までずっとドアがある。   咲良は制服のスラックスから紙切れを取り出す。「F05-R12」と書かれている。 「フロア5のルーム12か」   ぼそっと呟いて、歩き出す。   F05-R12とドアに書かれている部屋の前に咲良は止まった。   「海守 祭音」と書かれている表札。    音を立てないように横開きのドアを開いた。    規則的な機械の音。真っ白なベッドに近付いた。    枕に散らばる鼈甲色の髪。量は少ないけれど、美しい質だ。    白い肌に真っ白い包帯。色が似ているのに、全く違う色にも見える。    瞑られた瞳が今にも開きそうだ。兄には似ていない。    咲良は動く事の無い祭音を見下ろす。           「どうしても 助けたい 人が 居るんです」    相手は不感症。ただの性欲処理の相手。不感症でも構わない。奴隷なのだから。    試しに散々嬲った。けれど、彼は苦しそうに笑い、従うだけ。    哀れみではない。同情ではない。ただの興味。だから買った。    彼は二重人格者であった。    咲良がそうであることに気付いたのは、八つ当たりで手酷く彼を抱いた時。    凶暴で好戦的な男だった。    前髪を鷲掴まれ、殴られ、蹴られた。              「テメェがテメェを守る為にいる」    青空という少年・・・・自身を守る為にいる、と彼は言っていた。    一つの身体を共有した二人。    咲良はある日尋ねた。           「お前はいつか、消えて居なくなるのか」と。    意外にも素直に答えたもう一つの青空ではない人格も、感情を紛らわすために笑うようなやつだった。    「今は大城隼汰が消えるまで、テメェは消えねぇ」    「何故」    「野郎が消えねぇと、テメェを守ったコトにならねぇ」    彼はそう言った。    咲良は恐怖を感じた。狡猾とした、以前の彼とは思えない鋭い瞳。   思い出して 溜め息をついて、祭音の頬に手を伸ばす。 「君の兄貴は・・・・・全くの莫迦で・・・・」    不意に笑みが口に浮かんでしまい、慌てて表情を戻す。 「女じゃ無理だからと、男に身体を売って・・・・。本物の莫迦だ」    反応など無い。 「酷くするつもりなんてなかった」    ・・・・・・そうなんですか 「咲夜にどっか似てるなって」   ・・・・・・それで・・・・・? 「なのに、違う。実際は真逆・・・・・」   ・・・・・・それなら、どうして・・・・    返事なんて無いのに、返事が聞こえるような気がするのだ。 「君の為になら、君の兄貴の為になら、幾らだって払える。金に糸目はつけないつもりだった」    酷く卑しい。 「君の兄貴を・・・・・手放したくない・・・・」    実は悟っている。咲夜が自分に靡く事など絶対に無い。    だから奴隷をいたぶるのか。    自分は本当に咲夜が好きなのか。 「僕は・・・・・君の兄貴がきっと・・・・・・・」    だから代わりに、自分の兄貴を、、、

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