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第27話

++   咲夜は何か、勘違いをしている。   母親はエリート気違い。父親は僕を恐れて。   咲夜が僕に思っている程、実家の生活は甘くなんてない。   毎日毎日気が狂う程勉強させられ、眠る時間なんて2時間に満たない日が殆ど。   塾の帰り道によくすれ違う仲の良さそうな家族がいつも羨ましかった。時々酷く惨めに思えたのは言うまでも無い。   こんな想いを、否、もっと酷い悲しみを咲夜は抱いているのではないか、と考えた事がある。   気になった僕は部屋を抜け出し咲夜を探した。そこで見たのは、近くの公園に住まうホームレスの男と楽しそうに戯れる咲夜の姿。   結局一人なのは咲夜ではなくて僕の方。   歳に会わない言動と学力、行動を気味悪がられても、ただあの時は純粋に母親に笑って欲しくて、ただ僕を認めて欲しくてひたすら馬鹿みたいに頑張った。「もう勉強なんてしなくていい」「楽器なんて上手く弾けなくていい」「ただ私には咲良が居ればいいのよ」そう言って貰える事をずっと期待して。   8歳の時に余所でひっそりと飼っていた犬が病気で死んだ。その時から獣医になりたいと願っていた。楢原コーポレーションの社長にならなくてはならないと知った時、気付いた時、親に黙って密かに泣いた。   12歳になった時からだろうか。既に獣医となる夢は諦めていた。その代わりに、僕は黙って家を出て行った。捕らえられたのは深夜2時のコンビニエンスストア。その日から僕は檻に入れられたんだっけか。   僕等はきっとお互いを妬み、羨んでいたのだろうか。僕の片割れ。きっと理解せず、理解されずに今迄生きてきた。   紛れも無く咲夜を不幸にするのは僕だ。   咲夜がどんな想いだったんだかとか別に分からない訳でもなかったけれど、僕も別にこんな愛情を欲していた訳でもない。   僕は咲夜を幸せになんて出来やしないのはもう分かりきっている事。   僕が咲夜を不幸にしてしまったのなら僕が咲夜を幸せにしてやるつもりだった。   でも、咲夜はそれを拒んだ。急ぎ過ぎた。この感情が何だという事も分からず、コレが「好き」だとか「愛す」だとかいうモノだとカン違いして。咲夜を逆に深く傷付けて。僕よりも早く咲夜を幸せに出来るであろう大城隼汰が酷く羨ましいのと、邪魔だった。   手に入らない咲夜とアイツを重ねていれば、アイツは手に入らない咲夜だった。    結局咲夜を幸せに出来るのは僕以外の存在。    咲夜はきっと僕を必要としていない。    親の猛反対を押し切ってこの高校に入学した。    何の為にか。答えは至極簡単。でもその答えはとても難しい。   可笑しな話だけれど。   咲夜は多分、僕に懐くことはないだろう。    諦めるって事は、もう慣れてるんだ。    大城隼汰。彼がきっと咲夜を幸せに出来る。だから自分の嫉妬を我慢して、見届けることにした。   それなのにアイツから幸せを、アイツの妹から幸せを奪ったのは大城隼汰だと知ったとき、運命を呪った。   咲夜ではない、自分が勝手に咲夜を演じさせていたアイツ。彼から幸せを奪った大城隼汰を、咲夜がたとえ傷付こうとも一緒にいさせてはいけないような気がした。 「咲夜!!」 「咲夜」 「咲夜・・・」   家の掟だか何だか知らない年頃。兄弟、双子として彼と居る事でそれなりの安心感が確かにあった。   それでも彼は僕の手の届かない場所にすぐに行って。            「咲良くんなんて知らないよ」             「咲良くんはね、俺の弟じゃないんだって」   ただ極普通に、兄に甘えたかっただけなのかもしれない。けれど咲夜はそんな僕を拒んだ。             「咲良くんにはおかーさんも、おとーさんも、居るもんね」   学校でよく聞く、何と無い兄弟話がただ羨ましくて。   僕は咲夜が本当の兄弟で双子である事を知っていた。けれどそんな事実すらも、咲夜は拒む。 「咲夜くん、行かないでぇ・・・・!!」 「咲良、咲夜はね、咲良の本当のお兄ちゃんじゃないのよ」 「嘘だぁ、嘘だよ~咲夜くん行っちゃやだ~・・・・」       祖母に腕を掴まれ玄関を出て行く咲夜が怖かった。血の繋がった僕等を大人たちは否定した。 「咲夜!?アンタが生きてるからッ!だから咲良が苦しむのよ!!」 「い゛・・・・かぁ・・・さッ・・・ぐ・・・・」    母親がまだ幼かった咲夜の細い首を折るなんて事は容易い事。そしてそれをただ隠れて呆然と見つめる僕。   結局咲夜を苦しめるのは僕なのか。             「ねぇ、咲良、お願いだからもう俺を苦しめないで・・・?」 「待って咲夜!母さんには僕が言うから・・・・ッ!」             「アンタと俺じゃ、住む世界が違うんだとよぉ!!!!!」   酷く冷たい表情をして。鋭い眼差しで僕を睨んで。刻まれた言葉は一本一本の針みたいに僕の想いを刺していく。 「咲夜、叔父さんが亡くなったって・・・・・電話が・・・・」             「楢原のコトなんて、俺に全くカンケー無いんだけど?」 「ねぇ、どうして咲夜くんと一緒に暮らしちゃいけないの?僕は咲夜くんのホントの弟なんでしょ?」 「お願い!咲良!!もう二度とそんなコト言っちゃダメ。訊いちゃダメ!!咲良、咲夜はね、ここに居ちゃいけないの。咲夜は貴方のお兄ちゃんじゃないのよ」 「そんなコト、ないよ!!!」 「咲夜ッ!?お前がまた咲良を誑かしたのか!?」 「ち、違うよ、俺、何もしてなっ・・・・」 「咲夜。元はと言えば可笑しな話だぃ。アンタさえ居なければ、全て順調だったのよ」   幼い喉元に当てられた鋭く光る刃。   祖母が何時の日かに見た光景みたいに咲夜を何処かに連れて行ってしまう。   恐怖のあまり気絶した咲夜。慌てふためく祖母。僕は祖母に近寄って抱き締められる。そして僕は祖母を刺し殺す。  咲夜を消すものは、僕が消す。   その事件は僕の知らないうちに財力で揉み消されていた。   僕が望んだのはこんなのではない。こんな所に居るくらいなら、少年院に入った方がマシだった。 「なんてコトをしたの?咲良・・・・」 「おばぁちゃんが死んじゃダメなのに、咲夜くんはいいの?」   結局僕が愛しているのは、僕とイコールで結ばれた咲夜・・・・

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