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第33話
*
「サック~」
隼汰は誰かに微笑んだ。
「ジュンタ?」
「ねぇ、サック~!テストで満点採ったよ」
「ジュンタ」
「サック~、英検、受かったよ?」
「ねぇ・・・・・・」
「何?サック~」
「ジュンタ・・・・」
「・・・・・?」
「俺はお前が、大嫌いだ」
「サック~?」
真っ黒い視界。いきなり色を取り戻すが視界に靄がかかっている。右腕に痛みが走る。
薬品の匂いが鼻を支配する。
「夢・・・?」
・・・・・夢。
「あれ・・・・・?」
靄のかかった真っ白い天井。一つのベッド。
「・・・・・・大丈夫・・・?じゃないみたいだね」
冷たい手が頬の傷に触れて、微かな痛みが走る。
「三条・・・・?」
三条の声。三条には靄がかかっている。
「ごめんね、隼汰・・・・・・」
俯く三条。どうして謝るの・・・?
「・・・・・・三条・・・・・・」
「あたしの・・・・兄ちゃんね、隼汰のチームの人に巻き込まれてね・・・・・。あたしの兄ちゃんの仲間が・・・・・。隼汰が帰って来たって知って・・・・。それで・・・」
え・・・・?
「・・・・そんな・・・・」
「ごめんなさい。謝って、どうにもならないってコト、分かってるけど、でも・・・・」
言っていることの意味が分からなかった。
オレがチーマーになった事で、沢山の人に迷惑がかかったことは知っている。
オレが私刑を喰らった事だって、結局オレがチーマーに入った所為じゃないか。
でも、この仕打ちは・・・・?
こんな運命は・・・・・・
あまりにもつらすぎる。
三条が泣いてる。
三条を傷付けたのは、オレだ。
「いいんだ・・・・・」
重い左腕を持ち上げて、座っている三条に触れた。炎に撒かれた左腕は包帯が巻いてあった。
「オレが・・・・・オレが・・・ダメだから・・・・。オレがダメ・・・・だから」
途切れ、途切れにしか声が出ない。
「ごめ・・・・・・ん・・・・・」
三条が泣き崩れる。
「いいから・・・・。さんじょ・・・・。泣かないで・・・・謝ら・・・・な・・・・で・・よ・・・ぉ・・・・」
「・・・・・・」
「そ・・・れが・・・・・一番・・・・つらっ・・・・・。ツライ・・・・から・・」
結局、オレが自分で自分の首を絞めてるのか。
「ごめん・・・・・・」
三条はオレの頭を抱いた。
「さんじょぉ・・・・・」
「隼汰・・・・」
「ん・・・・・?」
「私ね」
「うん」
「結婚するの」
「え・・・?そうなの・・・・・?学校・・・・・は・・・・?」
「私、学校辞めるわ。校則違反だもんね。相手は5つ上なの」
結婚。退学。
三条は椅子から立ち上がった。
「隼汰と居るのが、酷く、つらかった」
「兄貴の力になりたくて、貴方と一緒に居た」
「本気で好きになりそうで、怖かった」
「ばいばい。隼汰。ごめんね・・・・。もう一緒にはいられないの」
――違う。
謝られるのは、オレじゃない。お前なんだよ、三条。
「ごめん」三条・・・・
「ごめん」三条の兄ちゃん・・・・
「ごめん」みんな・・・
どうして、病院になんかいるのだろう。どうしてオレを病院になんか運んだのだろう。あのまま殺されてしまえばよかったのに。
この病院には見覚えがある。この天井。このカーテン。全てが霞んでいるけれど。
「隼汰」
男性の太い声。誰だろう。
「今、出て行った子は、誰?」
「・・・・・父さん?」
「お前が運ばれたと知って驚いた」
50代後半くらいの男が隼汰の病室に入って来た。
「父さん、どうして・・・・?仕事は・・・・・?」
さっきまで三条の座っていた椅子に腰掛ける男は、少し肥えていて、髪の色も殆ど白い。
「・・・・息子の見舞いくらい・・・・来なくてどうする」
苦笑いして大城院長は言った。
「いつも、惨めな思いさせてたな」
隼汰はきょとんとした。
「・・・・・・そんなコト、ないよ」
「強がるな」
「え?」
大城院長は隼汰の髪を撫でた。
「ごめんな。母さん、守れなくてな」
「・・・・・・・母さんなんていねぇけど」
「まぁ、そう言うな」
「・・・・・・」
「結局、全て父さんの間違えだった。ツライ思いさせたな」
「してねぇよ」
いつも、哀れまれて生きてきていた気がする。
「気付かないだけじゃないか?」
小学校の時は媚びられながら生活していた。「総合病院の院長の息子なんだから」と。
「・・・・・・母さんは、嫌いだった。父さんの稼いだ金を食い潰すただの馬鹿女だったし」
隼汰は布団をかぶってぼそりと呟いた。
「そうか。もっと早く気付いてやれればよかったな」
「・・・・・・・いいよ。別に。ていうか、そろそろ帰れよ。今頃何しに来たんだよ。院長だろ、アンタ」
死んだ母親の財産で生きてきた隼汰にとって、父親など、別に何の恩も無い。
「そうだな。すまんな、隼汰」
何年ぶりだろう。5年くらい会っていない気がした。
大城院長は腰を椅子から上げ、部屋から出て行く。
バタン、と扉の音が大きく感じられた。
どうして、ありがとうって言えないんだろう。
どうして、嬉しいって言えないんだろう。
どうしてもっと一緒にいて欲しいって言えないんだろう。
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