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第38話

 教室から声がする。  「蒼多君は、星になったんだよ」。先生の台詞だろうか。   イライラした。    ふざけんな。   登校して教室に入り、まず見たのは、早岬部 蒼多の机の上にある、菊の花が刺さる花瓶。気に入らなかった。寛貴はどかどかと蒼多の机に行き花瓶を掴むと、床に投げつけた。ガシャンと派手な音を立てて、破片が飛び散る。水も跳ね、自分の足を少し濡らす。  「きゃー」と叫んだ女生徒の声が更に寛貴を煽った。   蒼多の椅子を掴み、構わず振り上げて投げた。   肩を竦める様な五月蠅過ぎる音。それでもまだ苛立っている寛貴は次に机を掴んだ。   ここは4階。ベランダも設置されている。   硝子の割れる音。美しい、透き通った音だった。机は硝子を突き破り、ベランダを通り越す。一瞬だけ静止したという幻覚を見たと脳がキャッチした頃には、机は4階の高さから落下している。 「くそっ!くそ!くそぉ!」   その場に膝を着き、弱々しく崩れ落ちて、床を叩きだす。何かの間違いだ。   寛貴の胸元で輝くのは、小学生染みていないシルバーリング。   蒼多が亡くなる直前まで握っていたのに、それは冷え切っていたんだろう。   絶対に無事に退院する、という約束。   「絶対」なんて無いじゃないか。   「カミサマ」なんて居ないじゃないか。見下ろしてるだけならいないのと一緒。何もしてくれなかったじゃないか。蒼多は「カミサマ」を信じて、縋っていたのに。                      許せない。   ごめん。ごめんな、蒼多。    寛貴を抑えられる鎖なんて、元から無かったのかもしれない。 「ぎゃー、痛い、痛いよぉう」 「うるせぇんだよ!」    殴りたいのなら、殴りたいだけ殴った。泣かせたいヤツは、泣かせたいだけ泣かせた。蹴りたいのなら、蹴りたいだけ蹴った。腹立たしいことには容赦なかった。    満たされない。   以前よりも酷くなった暴行。以前の寛貴を知らない者は、豹変振りに目を丸くするばかり。    寛貴はついに捕らえられた。    唯一の弱み、蒼多の家族へ協力。    寛貴は精神科へ連れて行かれた。    暴かれる家庭内暴力。   入院。   個室。一人。ひとり。独り。   荒れた。荒れた。荒れた。   無数の壁に残る爪痕。爪が剥がれたのか、血液も付着して。ベッドは、全く違う方向を向いて、シーツはぐしゃぐしゃ。観葉植物は倒れ、折れ曲がって。ソファは余程の力なのだろう、縫い目が裂かれていた。   癇癪の雄叫び。悲鳴。   恐れて先生以外、誰も来てくれる事は無い。   独り。牢獄。鎖。猛獣。   自分は、飢えたケダモノ。   独り。一人。ひとり。自分すら、自分の為に涙を流さない。   胡坐をかいて、自分の残した爪痕を見つめる。    寛貴の背後に誰かが立った気がした。     振り返った。     自分と瓜二つ。   自分を哀れんだ目で見下ろす、同じ顔の、違う人。   憂いと慈しみ、優しさを秘めた顔。今の自分と、一番遠くて、かなり近い顔。いや、同じ顔。    独りがつらい。一人がつらい。誰でもいい。誰でもいいから。    ――傷付ける事が怖くて、なのに、傷付けた。いっぱい。――         貴方を守る為に、私が生まれました。    ――お前は、誰だよ・・・・・・・・・・・・・?――          貴方以外に、誰がいますか・・・?    ――早岬部 青空・・・・・?お前か?俺の記憶で埋まっているのは!――     ――お前が、俺になれば、俺は誰も傷付けず、済むんだな・・・・?――        私が貴方で、貴方は貴方。それでいいのですか?     ――もう一人は嫌だ。ひとりは嫌だ。独りはいやだぁぁぁああ!!!――         こうして俺と私は、生まれた。      俺の「ささきべそうた」という記憶は、私の中で跡形も無く消えていった。       俺の記憶は全て、私の中で、作られていった。  

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