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第41話

*   寛貴の人格である青空は、眠り続ける祭音の髪を撫でた。 「・・・・・・・」 「こんなトコに居たんじゃ、つまらねぇだろうに」 「・・・・・そうでもないさ」   長い沈黙。先にそれを破ったのは寛貴の方だった。 「・・・・俺なら真っ先にごめんだぜ」 「何故、お前は拘る?」 「は?拘るって?」 「お前は、お前じゃない方のお前に拘っている気がしてならない。僕には、だけど」   寛貴は咲良に背を向けたまま。 「そうか?」 「何故、お前は早岬部青空でいようとする?そっちが本物じゃないんだろう?」   エゴか。信念か。自分を守ろうとするただの虚勢なのかも知れない。 「俺が俺を、守るために」 「お前が色々と追い詰めるから、本来俺を守る筈のあっちの人格が逆に俺に守られてるってワケ」 「それだけか?僕はそうは思わない」   寛貴は咲良の方を一瞥する。 「・・・・鋭いな。俺にも記憶なんかねぇよ、ほとんど。分かってるのは、家族が居ることくらいだな」 「青空の方は、お前のことをよく知らないみたいだな」   また向きを祭音へ戻す。 「俺には分かるけどな。ヤツが生まれたとき、ヤツの中で記憶が作りかえられちゃったんじゃねぇの」 「僕の昔見たテレビでは、主人格が他人格を知らないものだけどな」 「そこが異例ってやつ。俺だって色々と調べてはみたさ」   寛貴はふぅと溜め息をつく。   咲良はただ寛貴で青空の背中をじっと見つめる。貧弱そうで貧相で痩せっぽちな体躯でも口調が変わるだけで雰囲気が大分変わる。 「中学上がる時にはもう居たぜ」 「・・・・・・・」 「ってか、なんでそんなに深追いするの。“俺達”に気でもあるのか?」 「まるで、身体を好きになっているかのような表現だな。いや、僕のはただ単に興味だよ興味。“君等”に関しての」 「冗談だっての。・・・・・咲夜サマ同様、誰も愛せないタイプ?」 「・・・・・・さぁ?咲夜へのアレは愛情っていうのかな?恋愛感情すら分からなかっただけだしな。だからお前を犯す必要ももう無いわけだ。安心しろ。」 「ほぉ」 「ただもしかしたら・・・途中までは本気だったかもしれない。咲夜の代わりにしてるつもりが、いつの間にか、咲夜が代わりになってたのかも」 「っつか萎えねぇのかよ」  ふん、と表情一つ変えず咲良はそっぽ向いた。 「・・・・・・咲良サマ、顔も頭も持ち合わせて、女連れてないって言うと、相当性格でも悪いのか?」 「何故そうなる」 「本当にホモなの?」 「女なら居る。婚約者がな」   ほぉ、と感嘆の声を漏らす寛貴。 「でもなんだかんだで咲良サマも俺じゃない方に拘ってんじゃん?」 「さぁ?彼の働きぶりは優秀だ。こっちの意味で」   咲良は自分の頭を指す。 「あぁ、俺、頭よかったらしいから。でもエッチの方はイマイチなんだろ?」 「俺 イコール 彼 っていうこの可笑しな会話はお前としか出来ないようだな」 「二重人格なんてそうそういねぇぞ」 「ほとんどが人格の移り変わりによって高度の記憶喪失があって誤診されることが多い。医療の分野でも正確な知識を持たない医師、臨床経験が無い医師が多く、精神科で受診しても治療不能となる場合も多々あるのが現状で・・・・。要するに治る可能性が非常に低いわけだ」 「俺にもよく分からないけど・・・・高度の記憶喪失か・・・。俺も忘れた大きなコトでもあったんじゃねぇのか?」 「それを忘れるのは、すこし淋しい気もするが」 「そうかい?寧ろ軽くていいよ」   咲良は、目を見開く。   実の兄を守ろうとして、祖母を手にかけた。あの時、祖母は本当に兄を殺そうとしただろうか。   ――医者になりたい。動物も人間も診られる――   殺した罪が消えないのなら、償いくらいしてやるさ。   ――なりません、咲良。貴方は・・・・―― 「・・・・そうかも、知れないな・・・・・」  社長の夢は、今の自分のなかにはもうぼやけてしか見えない。  自分で言っておいて何を言っているんだろう、と思った。 「ま、逆を言えば、嬉しいコトも消え失せるわけさね」 「妹のコトは覚えてるのか?」 「ぶっちゃけ、そんなに覚えてない」 「・・・・・そうか」   窓を見れば紺色と橙色の半々の空。   ――端途切れる会話。   静かに時が流れていく。 「咲夜サマのコトが解決したなら、咲良サマに大城隼汰はもうどうでもいい存在だろ」 「・・・・・そうなる。だが――」  言い欠けた咲良の言葉を寛貴は阻んだ。 「もし、俺と大城隼汰になんかのトラブルがあっても、咲良サマは、関わらなくていいから」 「・・・・・・分かった」   咲良は返事を躊躇ったが、寛貴の眉間に皺が寄るのを見ると、渋々返事する。 「妹の為に、人生棒に振るう気か」 「お前は、家庭の為に人生棒に振るってるな」   寛貴は口の端を吊り上げるように笑う。 「寛貴」  ――寛貴・・・・・―― 「・・・・・・・・・・・」   懐かしい感覚。寛貴は名前を呼ばれる感覚に浸った。 「おい」 「あ、何だよ?」 「僕はイタリアに行こうと思ってる。婚約者とな」 「なんで」 「理由は諸々だ」 「それで?」 「青空も連れて行きたい」 「・・・・・間違えるなよ。青空は咲良サマのものじゃない。条件つきで服従しているだけだ」 「そうか・・・・・そうだな・・・・・」 「って言ってもよ、もう咲良サマがヤらないんじゃ、ダメじゃん」 「・・・・・・イヤでも犯せと?」 「そうは言ってない」 「結局、お前は青空に拘っている」 「咲良サマもね。でも青空を行かせるつもりは無い」 「じゃぁ、寛貴が来れば」 「咲良サマの婚約者さんとの間もぶち壊しかねないだろ。しかも大体は同じ意味でしょ、それ」   寛貴は鼻で笑った。   咲良も笑みを浮かべる。長年忘れていた。他人との交流を。それを楽しいと感じることも。   青空は自分を守っている。だから自分は青空を守らなければならない。青空を生み出してしまった原因だなんて寛貴には興味が無い。ただこれから一つの身体に二つの人格でどう生きていくかだ。寛貴には青空が居てくれればそれでいい。しかし青空は、祭音が守れればそれでいいという。 「・・・・・咲良サマ」 「何」 「俺が良しとしても、青空はどうだろう」 「ソレは別人格だからな。仕方ないんじゃないか、多少の意見の食い違いは」   咲良は寛貴を見てそう言った。 「そうじゃなくて・・・・」   口を噤む寛貴。 「なんだよ」 「祭音は目覚めない。死んだも同然。コレがどういう意味だか、察せないワケじゃねぇだろ」 「・・・・・・あぁ」     お前の兄は、こんなに尽くしてくれてるのに・・・

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