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第42話

***  ことが落ち着いてから気付いた。隼汰の右瞳は焦点が合わないことを。 「ジュンタ・・・・・目・・・・・・・・・」 「もう、いいから。いいんだ・・・・・・」 「・・・・・・一緒に居られなかった分、一緒に居ような」 「・・・・・・・・うん・・・・・」   横になっている隼汰。ベッドに腰を掛ける咲夜。   咲夜の手の中にある温かい缶コーヒー。   両脚と左腕に火傷を負い、右手は折れて固定されている。 「オレ・・・・・・・」 「ん?」 「三条のコト、いっぱい傷つけたのに、どうして・・・・・」   言おうか言わないか迷ったが言ってしまう。 「三条さんは、ジュンタのこと、好きだったんじゃない」 「そんな筈、ない」 「そうかな・・・・・」 「うん。でもオレは、好きだったかも」 「そっか」   隼汰のさらさらの髪を梳く。   まともな家に生まれてさえいれば、こうして咲良と恋愛の悩みやら話し合えたのかもしれない。兄と、弟として。 「好きだよって言えなかった」 「・・・・・・・言いたかったの?」 「・・・・分からない」 「そう」   隼汰は咲夜から顔を見せないようにした。 「・・・・・・あぁ・・・・」 「オレさ・・・・・・」   震えている声。 「うん」 「悔しい。だからオレ」 「うん」 「強くなる」   強い声。 「・・・・・・・・・・・うん」   「三条」という人は凄いのだろう。 「もう、遅いからさ、そろそろ帰れよ」 「・・・・・・分かった。明日も来るから」 「うん!」   この笑顔が、手に入ったんだ。また。   咲夜は病室を出た。廊下にはまだ人は居る。腕時計は6時と少しを示している。   重い物が剥がれ落ちた気がして、階段を下る足取りは軽い。   待合室には人が沢山いた。 「あ、咲夜君・・・・・」   自分を呼ぶ、この綺麗な声。 「青空君」   青空だった。 「一緒に、帰りませんか」 「あぁ、いいよ」   橙色は紺色に呑み込まれていく空。   自動ドアが開く。 「どうして、病院に?」   この華奢な少年に乱暴に抱かれた記憶が蘇ってくる。咲夜は内心怯えながらも悟られないように、話しかける。 「・・・・・・私の妹、入院してるんだ」   作った笑顔。あの時とは違う、優しげで儚げな表情。 「そうだったんだ」 「事故に遭って、まだ意識が無いんだ」   青空の拳から、ぱき、っと小さく音がした。 「・・・・・」 「咲夜君は、どうして?」   分かりきった答え。 「友達が入院してるんだ。この前話した子。仲直り、出来たよ」   咲夜は笑った。 「・・・・・そう」   心にも無い笑顔。こういうのは得意だ。仕事柄。 「妹さん、早く、治ればいいね」       ――治らないよ。あとは、死ぬだけ―― 「ホントにね」   青空の手に、咲夜の手が触れる。 「・・・・・・?」 「遅くなったけど、誕生日プレゼント」   咲夜の指によって青空の手に包み込まされる小さな箱。 「ありがとう・・・・・」 「青空君、何好きか分からなかったから」   ――誕生日・・・・・・・・プレゼント・・・・――   重要な何か。思い出せないけれど、何かが引っ掛かる。ソレを貰ったのは自分ではないのに、自分。 「ありがとう・・・」 「おいっ。泣くなよ」   でも今度は、自分だった。 「ありがとう。ありがとう。あり・・・・がと・・・・あり・・・がとぉ~・・・・」   嬉しかった。ボロボロと涙が流れた。廃れた。廃れて疲れた青空にはただの誕生日を祝われるだけなのに嬉しかった。

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