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第46話
*
「ジュンタ?」
「時々な、思うんだ」
隼汰はブラインドの奥の空を見つめていた。
咲夜は紅茶を煎れている。
咲夜の声を無視して隼汰は言った。
「翼を下さいって唄があるけど、オレはね、あーゆーふーには思わないよ」
「・・・・・・そう」
「風に流されて、嵐の日は?羽根を休める場所すら無いかも知れない」
「鳥だって考えたことないんじゃない。そんなの」
湯気をたてるマグカップ。綺麗に透き通った赤褐色の液体が入っていた。
「飲みなよ」
「ありがとう」
隼汰は温かいカップの取っ手に指を掛けた。包帯の巻かれた手が痛々しかった。
「骨が折れるってのも不便だね」
「そりゃぁね」
隼汰はずっと空を見つめる。右目はどこかさらに遠くを見つめている。
「自分の死はね、怖くないんだ。サック~は?」
唐突に始まった話。
「分からな・・・・」
分からない、と言おうとした。家族の死とでも言うのなら、自分には理解しかねる。けれど例え話として、隼汰や青空だった場合どうだろう。
「分かるかも」
「自分の死は怖くないけど、誰か、オレが好きな誰かが死ぬのが怖い」
隼汰は一口、紅茶を口に含んで、飲み込む。
「母さんは、オレの母さんは、オレのこと、お互い知らない内に死んだ」
咲夜は隼汰がものすごく幼く見えた。
幼い故に、残酷。この時折見せる弱さは、ひどく残酷なように思える。切なさを抉っていく。
「母さんに会いたい。本当のお母さんは、オレのこと、好きになってくれたのかな」
自分達がきっと、今後、父親になって、子に思われるのだろうか。
「分からない。実際、俺は母さんなんてどうだっていいんだよ。母さんだって、俺を嫌ってるんだよ」
「・・・・・本当に?自分の子が嫌いってあるのかな?」
「あるよ。実際、殺されかけた」
「・・・・・・・ごめん」
「いいんだよ、別に」
俯いた隼汰。
咲夜は隼汰の肩に手を回す。
「将来、いっぱい子供欲しい。汗水垂らしながら働いて、休日は子供にバカにされながらも遊び相手して」
「いいね」
「それで、いっぱい、愛したい」
「・・・・・・かっこいいね」
「姪は可愛かった気がする。甥も生意気で。だからオレも、孫にいっぱい姪とか甥とか残してあげたい」
隼汰は笑った。
咲夜も笑った。
いつまで続くだろう。この生活が。
「好きだよ、隼汰」
何となく、言ってみたくなった。青空への想いとはまた別で。
「オレも大好きっ。サック~」
久し振りに呼ばれた。
「これ、家に落ちてた」
隼汰のものが家からほぼなくなったけれど、バラが彫られた青い指輪だけリビングに落ちていたのだ。
「あ、ありがとう!嵌めて~」
火傷で赤くなっている左手を出す。包帯は手首までで、赤い手の甲は外気に晒されている。
「痛くない?」
隼汰は頷いて、左手を差し出す。
咲夜はふざけて笑い、薬指に青い指を嵌めた。
「退院したら、行こう?セブンティワン」
大分前に行けなくなった件だ。
「うん」
「オレ、奢るから」
この時間が終わらなければいいのにと思った。何故だか。
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