46 / 50

第46話

* 「ジュンタ?」 「時々な、思うんだ」   隼汰はブラインドの奥の空を見つめていた。   咲夜は紅茶を煎れている。   咲夜の声を無視して隼汰は言った。 「翼を下さいって唄があるけど、オレはね、あーゆーふーには思わないよ」 「・・・・・・そう」 「風に流されて、嵐の日は?羽根を休める場所すら無いかも知れない」 「鳥だって考えたことないんじゃない。そんなの」   湯気をたてるマグカップ。綺麗に透き通った赤褐色の液体が入っていた。 「飲みなよ」 「ありがとう」   隼汰は温かいカップの取っ手に指を掛けた。包帯の巻かれた手が痛々しかった。 「骨が折れるってのも不便だね」 「そりゃぁね」   隼汰はずっと空を見つめる。右目はどこかさらに遠くを見つめている。 「自分の死はね、怖くないんだ。サック~は?」   唐突に始まった話。 「分からな・・・・」   分からない、と言おうとした。家族の死とでも言うのなら、自分には理解しかねる。けれど例え話として、隼汰や青空だった場合どうだろう。 「分かるかも」 「自分の死は怖くないけど、誰か、オレが好きな誰かが死ぬのが怖い」   隼汰は一口、紅茶を口に含んで、飲み込む。 「母さんは、オレの母さんは、オレのこと、お互い知らない内に死んだ」   咲夜は隼汰がものすごく幼く見えた。   幼い故に、残酷。この時折見せる弱さは、ひどく残酷なように思える。切なさを抉っていく。 「母さんに会いたい。本当のお母さんは、オレのこと、好きになってくれたのかな」   自分達がきっと、今後、父親になって、子に思われるのだろうか。 「分からない。実際、俺は母さんなんてどうだっていいんだよ。母さんだって、俺を嫌ってるんだよ」 「・・・・・本当に?自分の子が嫌いってあるのかな?」 「あるよ。実際、殺されかけた」 「・・・・・・・ごめん」 「いいんだよ、別に」   俯いた隼汰。   咲夜は隼汰の肩に手を回す。 「将来、いっぱい子供欲しい。汗水垂らしながら働いて、休日は子供にバカにされながらも遊び相手して」 「いいね」 「それで、いっぱい、愛したい」 「・・・・・・かっこいいね」 「姪は可愛かった気がする。甥も生意気で。だからオレも、孫にいっぱい姪とか甥とか残してあげたい」   隼汰は笑った。   咲夜も笑った。   いつまで続くだろう。この生活が。 「好きだよ、隼汰」   何となく、言ってみたくなった。青空への想いとはまた別で。 「オレも大好きっ。サック~」   久し振りに呼ばれた。 「これ、家に落ちてた」  隼汰のものが家からほぼなくなったけれど、バラが彫られた青い指輪だけリビングに落ちていたのだ。 「あ、ありがとう!嵌めて~」  火傷で赤くなっている左手を出す。包帯は手首までで、赤い手の甲は外気に晒されている。 「痛くない?」  隼汰は頷いて、左手を差し出す。  咲夜はふざけて笑い、薬指に青い指を嵌めた。 「退院したら、行こう?セブンティワン」   大分前に行けなくなった件だ。 「うん」 「オレ、奢るから」   この時間が終わらなければいいのにと思った。何故だか。

ともだちにシェアしよう!