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第47話

  悪夢を見た。   手を伸ばして、彼の手を握ろうとするのに通り抜けて。   真っ白い手だった。冷たいという感覚は分かるのに、掴む事はできなかった。   何度も手を伸ばした。   目が覚めた所は病室。彼の部屋。大城隼汰の部屋。 「サック~、起きた?」   咲夜はベッドの横にあったソファで寝てしまって、夜が明けた。   隼汰は既に起きていて、ハードカバーの本に栞を挿んでいた。 「あぁ。ジュンタ。おはよ」 「おはようさんさん太陽サンサン」   そんなことを言って笑う隼汰の方が太陽とも言えた。咲夜にとっての。 「・・・・・・ごめん」 「いいって。淋しくねぇし」   また隼汰は笑う。 「ジュンタ」   そんな隼汰に苦笑いした。 「ん?」 「言い忘れてたんだけど俺、好きな人、デキたんだ」   大きな瞳をさらに大きくした隼汰。 「へぇ!よかったじゃない。克服?」   他人の事なのに。彼は自分の事のように笑う。 「うん」 「どんな人?どんな人?」 「えーっとね・・・・、そーだな。色が白くて、髪は青っぽいけど黒くて長めかな」 「・・・・へぇ・・・・・」   あえて男だというのは伏せておく。 「あ、そーだ。メール着てたよ」   隼汰にそう言われて咲夜はポケットから携帯電話を取り出しディスプレイを開いた。   咲良から、一通。 「咲良ちゃんが、朝、コレ、持って来てくれた」   隼汰は、咲夜の寝ていたソファの前にあるローテーブルに置かれている袋を見た。 「クッキーだってさ」   隼汰が何か狼狽しているのに、咲夜は気付いた。 「サック~は、咲良ちゃんのコト、嫌いなの?」   口を開いて、「あぁー」とか「うぅー」とか呻いてから、隼汰はまともに喋りだす。 「・・・・・・なんで・・・・?」 「・・・・・・咲良ちゃん・・・・・」 「ん・・・・?」 「・・・・・腕にいっぱい、傷があった。・・・・カッターナイフの痕だよ、あれは。本人は隠すように持って来たけど、見えちゃった。どうしたのって訊いたんだ」 「うん」 「咲良ちゃん、泣いてた。狂っちゃったかもしれないけど、咲夜だけはまともだろうから仲良くしてやってくれって。憎まないでやってくれって。オレに言った」 「・・・・余計なお世話だっつの・・・・・」   咲良は「弟」だ。どんなヤツだって、実の弟が憎いだろうか。実の弟が本気で嫌えるだろうか。 「早く、メール見てあげて。・・・・早く!まだ間に合うかもしれない!」   隼汰が怒鳴った。   咲夜は開きっ放しのディスプレイをまた見て、メールを開いた。   『今までの非行を         詫びる。                   (*-*.)さきら』 「・・・・え・・・?」   意味が分からない。 「書いてないの?咲良ちゃん、イタリア行っちゃうんだよ!?」   聞いた。イタリアに行く、と。そんな大荷物で何処行くの?とただ問い掛けたら。 「・・・・・・イタ・・・リア・・・・?そんなコト、一言も・・・・・・」 「嫌われてると、思ってたんじゃないの・・・・?」   近くにある筈だった、たった一人の、双子の弟。自分達は可笑しな言い伝えに狂わされた。そう思ってたのに。理解しようとしなかった。自分を悲観することで、ただ淋しさを紛らわせてた。真っ直ぐ生きていこうとする健気な姿勢を、バカに出来た。   弟なら、愛されて、自由を与えられて、甘やかされて生きてきたのだと思い込んでいた。 「気付いたの、今かよ・・・・・」   散々な言葉を浴びせた気がする。何も知らなかった。弟。自分のたった一人の、双子の弟なのに。 「・・・・・・・知ろうと思わなきゃ、分からないコトだってあるんだよ」 「そうだけど・・・・・」 「それなら、行けよ!早く!出発は10時だよ!表に、車、用意したから」   怒鳴った。骨に響いた。痛かった。 「うん!」   咲夜は病室を飛び出た。空港は知っている。元・部下が免許を持っていたから、色々頼んであった。咲夜の送ってもらおうと。

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