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第49話
――気が付くと、立っていたのは咲夜の家の、ここは、リビング。
自分は病院にいた筈なのに。外に見覚えのある車。咲良の家の車。どうやって連れて来たのだろうか。
大きく溜め息をつく。またもや意識障害の類だろうか。
額を押さえて、考える。
そして目に映ったのは、横たわる、憎き敵。
心臓の音が自分で聞こえた。鼓動が高鳴っている。
右目が疼く。自分ではこの敵を倒すつもりだ。しかし、身体は、震えている。覚えているのだろう。右目を抉られた時の恐怖を。痛みを。苦しみを。それでも青空は、こんな感覚を知らない。
ぷるるるるると、緊張感も無く鳴ったのは、咲良に持たされた携帯電話。
「はい・・・・咲良サマ・・・・」
青空は通話ボタンを押した。呼び出し音で憎き仇・隼汰が目覚めてしまったことに気付かなかった。
「・・・・・・・えっ」
――海森 祭音が、 死んだ――
青空の眦が切れそうになるくらい開いたのを、隼汰は黙って見ていた。
――誰かに、コードを、抜かれたそうだ・・・・――
誰かとは、誰だろう。
「死んだ・・・・・・。死・・・・・ん・・・・・っだ・・・・・?」
引っ掛かる。何か。死んだ。何が?何故?何故死んだ?抜かれたから。何を?コードを。誰に?誰かに。誰か?
「・・・・わ・・・・・たし・・・・?」
違う。大城 隼汰。あいつが殺した。
ナイフをポケットに入れた記憶がある。
あった。携帯用ナイフの刃を出した。
座ったまま、ナイフを向けた。
「・・・・・死ね・・・・」
何がなんだったのだろうか。
「・・・・・・」
ナイフの刃を見て隼汰は目を見開いた。
「・・・・私の目を潰したのは、お前だよな・・・・・?」
隼汰にナイフを向けた。何故、こんな物を持っているのだろうか。もう一人の自分か。
「私の目を潰したのはお前だ!祭音を殺したのもアンタだろ!!!」
そうだ、だってコイツと祭音の病院は同じだ。
立てないまま、顔だけ上げて、隼汰は頷いた。
「・・・・・・・どうして、祭音を・・・・!!」
「・・・・・・・・」
頭を振った。分からない。知らない。
「・・・・・なんだと」
「オレの下っ端が、アンタの妹に手を出したのは、本当に、悪かった」
「ふざけるな!」
謝られたいのではない。
「本当に、すまなかった」
「・・・・・・死んだ・・・・。祭音・・・・・死んだんだってさ!今までチューブに繋がれても、生きてたのに・・・・っ」
出発前に病院から連絡が入ったようだ。
「・・・・そ・・・・んな・・・・・・」
「ごめん・・・・・・。・・・・・死んでくれる・・・・・・?それが祭音の仇なんだ・・・」
「あたしね、隼汰さん、好きだな・・・・」
穏和しいあの子が、初めて兄に言った意思。負けまいと、一人の少女として頑張ろうとしていた。
「さ・・・いね・・・・。好きだった・・・・・・・・・・、んだろ、う・・・・・?」
刃先は隼汰に向けたまま。どうすればいいか分からなかった。涙が伝う。伝う。伝って顎で滴った。妹が好きだったこの男を妹に捧げるべきなのか、生かすべきなのか。
隼汰を見つめた。
「どうしたんだよ、その・・・・目・・・・」
刃先を見つめるのは左目だけ。右目はどこかを見つめている。まるで自分の中身を見透かすような一点を。
「自分でやったの・・・・・?なんなんだよ!?罪滅ぼしかよ!?何がしたいんだよ??」
殺してやる!殺してやる!殺してやる!
“友達が入院してるんだ。この前話した子。仲直り、出来たよ”
“あたしね、隼汰さん好きだな・・・・・”
隼汰は近寄った。ぼろぼろだった。涙と鼻水で、ぼろぼろの顔だった。折角の綺麗な顔なのに、と思った。
――あたしの・・・・兄ちゃんね、隼汰のチームの人に巻き込まれてね・・・・・。あたしの兄ちゃんの仲間が・・・・・。隼汰が帰って来たって知って・・・・。それで・・・――
――隼ちゃんの所為で、アンタ達の母さんは死んだのよ――
オレがいつも人を不幸にする。
――俺、好きな人、デキたんだ
きっとこの人だ。
あの人を幸せにできるのは、まぎれもなく、オレじゃない。
「・・・・・ごめん」
この人だけに言う言葉じゃない。
サック~。三条。咲良ちゃん。兄さん。姉さん。父さん。母さん。
さいねちゃん
迷いのある刃をそっと手に取った。
怯えた泣き顔は、何も出来ない。ただ、呻くだけ。
「・・・・・・・あ・・・・あ・・・・・・」
青空白い手に自分の手を重ねた隼汰。
冷たかった。手が冷たい人は温かい、優しい人なんだろうと、そんな昔の話が頭に出てくる。
ゴメンな・・・・・・
瞬き一回。二回くらいだろうか。
「・・・・・ちが・・・・。わたし・・・ちがう・・・」
――退院したら、行こう?セブンティワン――
また約束、破っちゃうね・・・・・・・・
隼汰は腹部に包丁を刺した。段々と広がっていく赤い色。皮肉ったような赤が、綺麗だった。
「・・・・・退院・・・・・しなきゃ、いけないのに・・・・な。退院・・・・・・しなきゃ・・・・また約束、破っちゃうのに・・・・」
「何してんだろ・・・・・・オレ・・・・・・」
痛かった。火傷した両手足も、抉られてもう霞んでしか見えない右目も。異物を埋め込んだ腹も。
――無事に・・・退院でき、るように・・・・約束する・・・――
――絶対だぞ?絶対・・・・・。絶対退院しような?――
カラン、と音がした。隼汰の左手の薬指に嵌められた青い指輪。外側に薔薇の飾りが掘り込まれていた。
――その指輪をしっかり握っていたわ。――
「退院」「約束」「指輪」。
――遅くなったけど、誕生日プレゼント ――
――お前、今日、誕生日だろ。今まで忘れてたわ ――
自分が言った・・・・・?
――じゃぁ、おれ、寛貴の誕生日に片方を渡すよ。そうしたら、お揃い ――
自分は、誰に言った?
声が出せないけれど、動きの止まった青空を見て、隼汰は力無く指を動かした。
隼汰の視界は霞んできている。出血が、止まらない。
「・・・・・・私は・・・・何者・・・・?」
幼少期から意識障害でイジメに遭っていた。祭音は何処かへ連れ去られて、無惨な姿にされて帰ってきた。今まで売春を繰り返していた。変わりはない。全部自分の記憶。
――蒼多君は、星になったんだよ――
「そう・・・・だったのか」
涙が、止まった気がした。
作られた人格は、私の方だったんだ
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!!!!!!!!!」
混乱して、叫んだ。
祭音が死んだことが悲しくて。大城隼汰を刺してしまったことが虚しくて。どうしていいか分からなくて。
問題を起こして、ずっと孤独だった。寂しい部屋に放り込まれ、運ばれてくる食事にはおかしな薬が入っていた。
そんな生活が嫌だった。そのときもう一人の自分が生まれた。
身体も精神も「もう一人の人格」に乗っ取られた。
断片的に「海森 寛貴」としての記憶を取り戻しつつあった。
友人がいたことだけ思い出せる。それなのに名前が分からない。
もう一人の人格が楢原咲良という金持ちに会った。彼も、彼に会うまでの客も、もう一人の人格を乱暴に扱った。
守れなかった昔の友人の代わりに、自分だけは守ってやろうと思った。自分に結局迷惑しかかけなかった。
植物状態になった妹。待ったけれど、寝たきりなのは変わらなかった。
果たして彼女はこの状態を望むだろうか?望みのない「生」に意義があるか?生きているのに死んでいる。しかし生きている。この状態は赦されるだろうか?
今日、決断をした。
コイツの兄は俺だ。アイツじゃない。
これが俺の最期のわがまま。あとはぜんぶ、アイツにあげるから。
俺は祭音のコードを、抜いた、
結果、妹は死んだ。
もう一人の自分は。彼は。
早岬部 青空。 俺に与えられた、一つだけの、誰かの名前。
そら・・・・・。
「サーンキュ。おれの事は、蒼多な 」
そーた。そうたって、いうんだ。あいつは。
でも もう そんな事実、要らないんだよ。
痛いだろ?だから、代わってやる。
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