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第6話

 家に帰って、まず俺はジュンタに謝った。ジュンタは俺の勝手な行動も、自分が原因だと責めている様で申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ただ俺が帰っていろというジュンタを待っていただけだというのに。 「ありがとう。ごめんな、ジュンタ」  ジュンタが居てくれるならいいんだ。もう何も望まないから。だから俺からジュンタを奪わないで。  いつかさっきの咲良とのコトがジュンタにバレて、ジュンタが俺を軽蔑しても、俺はジュンタを嫌いになんてならないから。なれないから。 「ううん。こっちこそ、・・・・・ごめ・・・」   最後まで聞きとることが出来なかった。 「・・・・ジュ・・・ンタ・・・・・・」  俺はシアワセだ。心配してくれる人がいるのだから。 「・・・・・もぅ・・・・ひとり・・・イヤだから・・・!オレの所為で・・・居なくならないで・・・・」  異常だな、とは思っている。俺のジュンタへの執着は。そして、ジュンタの俺への執着も。彼なりのトラウマが甦るのだろう。   昔聞かされた話だ。五人兄弟の末っ子らしいジュンタの母親はジュンタの誕生と共に命を落としたという。   総合病院の医院長である父親は子の為に再婚したという。父親が家に帰って来る事は滅多になく、新しい母親も新しい男を作っては家に招き入れていた。幼いジュンタの見てきたものは壮絶。淫らな義理の母親と見知らぬ男との交わり。成人を迎えた兄も、高校生の二人の姉、中学生の兄も、見知らぬ男と着飾った義理の母との関係が何であるかを知っていた。  たった一人何も知らず、避難していく兄弟達の背を見ながら残されていった幼いジュンタ。   ある日酒に酔い潰れた義理の母親が五人兄弟にこう言ったらしい。          「(じゅん)ちゃんの所為で、アンタ達の母さんは死んだのよ」   まだ中学二年生の兄は母親の死を受け入れられなかったのか、ジュンタにつらく当たったらしい。彼が灰皿でジュンタを殴った傷跡がまだ消えないままのこっている。   この家から出て行きたいという思いがジュンタにもあったという。   新しく見つけた居場所。   力の弱い者は、強い者に捩じ伏せられ、従うしかない。   抜け出す決意を露わにしたために、「洗脳」という集団私刑が行われたそうだ。   親戚中に縁を切られたらしい。   きっと、義理の母親の一言は大きくジュンタを傷つけたのだろう。そしてジュンタも、その一言を受けいれてしまっているのだろう。   目の前でぽろぽろと涙を零すジュンタに居た堪れない気持ちになる。自分勝手な行動で、ここまでジュンタに傷を負わすとは思っていなかった。ただジュンタを喜ばせたかっただけなのに。 「ごめんなジュンタ。ごめん・・・・」 「謝んなよ、もう」    瞳を潤ませているジュンタが俺の髪をくしゃくしゃと掻き乱して笑った。励ましているのは、慰めているのは、どっちなのだろう。  ときどきジュンタに何もかも見透かされているような気分になる。   ジュンタが元気に笑っていられるのなら、弟に犯されようとも。もう構わない。  お互い、他人の愛に乏しいのだろう。俺のジュンタに向けてるモノは、俺が女の子に向けているものとは違う。とはいえ好きな子が出来た事はないけれど。話しやすい女子ならいたけれど、恋愛感情を持った事はない。ジュンタにも、恋愛感情と思しきモノを抱いたコトはない。人に愛を求めるコトも、向けるコトも、俺にとっては恐怖そのものでしかないから。父親も母親も、俺を掟の通りに殺そうとはしなかったけれど、祖父は違った。父親や母親の目の届かない(見てみぬフリかも知れないけれど)所では、殺そうとしていた。いっそ幼い時のうちに殺してくれればよかったのに。  家族から忌み嫌われていた俺だったが、いつも祖母だけは優しくしてくれた気がする。祖母にだけは甘え、信じ、頼り。  それなのに、突然だった。包丁を持ってヒステリックを起こした祖母。その後の記憶はなく、気が付けば包丁の刺さった祖母。口を開いたまま、目を開いたままの死体だった。 ・・・・そしてそれを見ていたのは、同じ顔をした自分。  それが直接の原因かどうかは分からないけれど、俺は人を信用出来なくなっていた。人を信用できないということは、人を愛せないのだ。悲しいことに、俺はおそらく人を愛せない。この先も。ジュンタ一人を除いて。他を愛する必要が無いから。そしてジュンタを愛することは、まるで俺が俺を愛することと同じ。だから俺は俺以外は愛さない。絶対。 「ごめん、俺、シャワー浴びてくる」  ふと咲良の言葉を思い出し、夕飯の用意を遠回しにジュンタに押し付けた。 「・・・・・おー。了解っす!元気でるようなモノ作るッす」  ジュンタは、はっと敬礼のポーズをして、キッチンに向かった。理由を追及してきたり、珍しがることも無く、ジュンタは笑って快く引き受けてくれた。俺はジュンタの背中を見つめ、表情を歪めた。惨めさと、温かさにどんな表情をすればいいのか分からなかった。  風呂場へ向かい、制服を丁寧に畳んで、脱衣所の籠に入れておく。普段なら、帰宅してすぐ私服に着替えるのだが、今日は事情が事情でそういかなかった。気を緩めれば、咲良に出されたモノが内股を伝ってきそうなのだ。  お湯を沸かすスイッチを押して、暫く湯が沸くまで待った。湯気が満ちていく浴室。  臀部を洗う気にはなれなかったが、放置しておくわけにもいかず、緊張しながらも恐る恐る後ろに手を伸ばした。ぴりっとした痛みが走る。それに少し怯んだが、両手で広げた。内股を伝っていくぬめりが不愉快だった。 「サック~」  曇った声が俺を呼んだ。びっくりして、足を滑らせた。 「何?」  「卵がないから買ってくる~」 「え、ああ。ありがとう。気を付けろよ」  俺はそう言って、掻き出す作業を続けた。指を入れることに躊躇いがあった俺は、シャワーを吹きかけた。痛かった。  一通り身体を洗い、髪を洗い、風呂場を後にした。自室は2階で、階段を上がってすぐがジュンタの部屋。その隣が俺の部屋。1階には和室があり、4つ誰も使っていない部屋がある。楢原家で忌み嫌われていた俺には随分いい家を与えられたと思っていたが、どうやら咲良の厚意だったようだ。因みに中学校を卒業するまでは、家政婦が雇われていた。  俺は髪を拭きながら2階へ上がった。部屋にあるベッドに背中からダイブし、天井を見上げる。そしてそのまま寝てしまっていたようだ。 「サック~」   真っ暗の意識のなか、遠くでそう聞こえた。名前を呼ばれている。起きなくては。そう思ってはいるのだけれど、起きようとする気力が湧かなかった。

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