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春に惑わされて 第二話 | ぴかりんの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
春に惑わされて
第二話
作者:
ぴかりん
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第二話
明六つ時
(
あさろくじ
)
をとっくにすぎた頃、伊太郎は目を覚ました。慌てて手拭いを持ち、顔を洗うため井戸端へと走っていく。 同じ長屋に住む八重は、慌てて出てきた伊太郎を見ると朝食で使った茶碗を洗う手を止めた。 「伊太郎さん、今日は早いね。毎日遅刻して親方に怒られてばっかりだから、いい加減改心したのかい」 「八重さん、おはよう。いや、今日は遠い所での仕事だから、
半刻
(
いちじかん
)
早く来いって言われてたんだ。急がないと遅刻だよ」 「いい加減な性格ってぇわけじゃないのに、伊太郎さん、朝だけはめっぽう弱いねぇ……長屋の女連中でかわりばんこに起こしても、ちーっとも起きやしないし」 「手間かけさせてるのに、申し訳ねぇ……! そんなに寝心地の良い布団ってわけでもないのに、どうしても朝だけは苦手なんだ」 「そんなことはどうでもいいから、早く準備しないと。顔洗ったら忘れず着替えるんだよ。握り飯でよければ置いとくから、ちゃんと食べてしっかり働きな」 八重に場所を譲ってもらい顔を洗った伊太郎は、部屋に戻ると、よれた浴衣から作業着である藍染の
法被
(
はっぴ
)
と
股引
(
ももひき
)
に着替えた。 八重に限らず長屋の奥さん連中に子供のように扱われているが、伊太郎はすでに二十五になる。 呆れられつつも伊太郎が愛されているのは、ふだん伊太郎が長屋に住む老人の話し相手や使いっぱしり、子供の世話を積極的に引き受けているからである。 八重にもらった握り飯を頬張りながら仕事場に着くと、ほかの職人たちはすでに忙しなく働いていた。 兄弟子の万蔵が伊太郎に気付き、小さく手招きする。 遅れたのは周知の事実だが、少しでも目立たぬようにと静かに万蔵の元へと近付いた。 万蔵は自らの口元を人差し指で叩くと、歌舞伎の立役のように整った眉をひそめた。しかし、伊太郎を見る目は優しく、愛おしそうに細められている。 「伊太郎、口元に米粒がついてる。それに、毎朝のことながら頭が乱れてるぞ。植木を整える仕事なんだから、ある程度は身だしなみも整えておかないと信頼性に欠けちまう」 そう言って、伊太郎の
鬢
(
びん
)
を整えてくれた。 万蔵との付き合いはもうすでに十年近くなる。弟しか居ない伊太郎にとって、優しい万蔵は本当の兄のようだった。
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ぴかりん
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