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第四話

 伊太郎が若旦那に呼ばれ再び清水屋を訪れたのは、日差しが強くなりはじめた五月のことだった。  万蔵と若旦那の間で、どんな話があったかはわからない。  ただ、清水屋からの注文でスイカズラの鉢植えを万蔵が届けにいった日を境に、猫につきまとわれることはなくなった。伊太郎がわざと髪を乱してみても、見て見ぬふりで整えてくれない。  万蔵との間に距離ができたような気がして、伊太郎はどこか寂しく思っていた。ほかの職人と万蔵が話しているだけで、落ち着かない気持ちにさえなってしまう。  店の裏口に回ると、若旦那が出迎えてくれた。 「いらっしゃい、伊太郎さん」 「毎度どうも。今日はこの間のスイカズラの様子を見てもらいたいとか――」 「ああ、あれはね、贈り物だったのでもう手元にはないんですよ。また手入れが必要になった頃にお願いします。今日は、伊太郎さんと話がしたくてお呼びしました。まぁ、固くならず。お座りください」  うながされ、伊太郎は縁側に腰をおろした。間をおかず、丁稚が茶と団子を持ってくる。  伊太郎は仕事をしていないのにもらっていいものかと迷ったものの、せっかくだからと手を伸ばした。 「それで、どうです? なにか万蔵さんとの関係に変化は?」  団子を口に含んだ瞬間、若旦那が核心に触れてくるもんだから危うく口から吐き出しそうになった。必死に飲みこんで、胸を叩く。 「げほっ、ごほ、変化も何も、気まずくって仕方がないですよ。いや、気まずいってのとは違うか。なんだか、すごく変な気持ちです。当たり前だったことが当たり前じゃなくなって、寂しい。……うん、寂しいんだと思います」  口にしたら、喉の奥で引っかかっていた気持ちが胸の中にストンと落ちた。色恋なんてのはよくわからないけど、万蔵が今までと同じように接してくれないのが寂しかった。 「ふふふ、そうですか。十二分に脈がありそうですね」  どういうことかわからず、首をかしげた。若旦那は言葉を続ける。 「これから先、どういう関係を選ぶかは、伊太郎さん次第ですよ。今のまま当たり障りなく接するか、万蔵さんの想いに応えるか。話を聞く限りいたずらではない様子だったので、決して元どおりには戻れませんね。……もし、気持ちに応えるのであれば、これを。万蔵さんが下さった情報のおかげで話が進みそうなので、お礼です」  若旦那は伊太郎に小さな薬包と、文字がびっしり書かれた紙を手渡してきた。  おそるおそる紙を開くと、「薬の用法」と書いてあり、「菊座(きくざ)に水を入れて清潔にするか、もしくは濡らした紙で汚れを拭う――」などとあからさまな言葉が書き連ねられている。  慌てふためく伊太郎を見て、若旦那はクスリと笑った。  この人は楽しんでいる。絶対に、楽しんでいる。噂通りの好青年などではなく、腹黒に違いない。  伊太郎はそう確信しながらも、もらった薬と用法の紙を腰から下げていた道具袋の奥にしっかりとしまいこんだ。

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