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第184話
えーと、名前なんだっけ。確か茜くんと同じクラスの女子生徒に間違いないのだが……。
そうだ、宮田さんだっけ?
「えっと、宮田さん?」
「そう!先生覚えてくれてたんだぁ!嬉しい!」
ぎゅむっと胸に腕を押し付けられ、思わず苦笑いを浮かべる。
程よく肉ずきの良い体、大きな胸は男性の憧れだろう。顔もそれなりに可愛いし、普通の男ならこの時点で襲っているかもしれない。
しかし秋月には、宮田よりも可愛くてしょうがない恋人がいる。
「こんな所でどうしたの?体育祭の準備しないと怒られちゃうよ」
「先生こそ、サボってたんじゃないの?」
「サボってないよ。教材室に用があるんだ」
そう、秋月はサボってなどいない。借り物競争で使う物を教材室に取りに来ていたのだ。そこでたまたま雪斗と出会い、つい立ち話をしていたと言う所だ。
確か、幾つかの教科書と、数学で使う大きな三角定規だったはず。
教材室のドアを開けて、言われた物を探していると、不意に後から抱きしめられた。
抱き締めているのは他でもない、宮田だろう。
面倒臭い展開に、秋月は小さなため息をついた。
「宮田さん、離して」
「嫌、離さない。先生、私……先生の事が好きなの。彼女が居るのは知ってる。でも、私の事も好きになって……」
それは、浮気しろと言うことだろうか。
きっと前なら……茜と出会う前ならOKしていたと思う。だけど、今は本当に大好きで大切にしたい人がいるから。
浮気なんて以ての外。今、この状況を茜に見られたら一生口を聞いてもらえなくなるだろう。それどころか絶交もありそうだ。
「ごめん。気持ちは嬉しいけど、今の恋人を、幸せにしたいんだ。だから、宮田さんを好きになる事はないよ」
ハッキリとそう言えば、後から啜り泣く声が聞こえてきた。女の子を泣かせるなんて嫌だが、ハッキリ言わないといけないから、仕方がない。
スルッと抱き締められていた腕が離れ、振り向くと宮田は泣きながらも笑っていた。
あぁ、彼女は強い子だ。きっと、俺なんかよりもっともっといい人が見つかる筈だ。
「ありがとう、先生。気持ちを伝えたかっただけなの。あと、無理言ってごめんなさい」
「ううん。好きになってくれて、ありがとう」
ふんわり笑って、頭をポンポン撫でると少し頬を赤らめた宮田は、ペコリと軽くお辞儀をして出て行った。
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