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【佑月と須藤と真山と ⑯】
「夢じゃない。俺だ」
須藤の甘くて低い美声が、佑月の耳朶に吹き込まれる。相変わらずいい声をしていると、佑月はそっと顔を上げた。
「あ……」
そこには焦がれた男、本物の須藤 仁がいた。
「仁! 元に……元に戻ったんだな」
「あぁ、二十分ほど前に突然な」
《良かった。やっぱり愛し合う二人はこうじゃないとな》
突然二人の甘い空気をぶち壊す声。すっかり存在を忘れていた佑月は、恐る恐ると部屋に顔を向けた。
美しい天使が極上の微笑みを浮かべていた。
「……なんだ、あれは」
須藤の声に、佑月は反射的に須藤の顔を見上げた。
「え、仁も見えるのか?」
「あぁ。妙な格好をした──」
《妙な格好とは失礼な! オレは一応天使なの》
(オ、オレ? しかも〝一応〟って。なんか喋り方も人間くさい……)
佑月がジト目を向けると、天使は慌てたように羽をばたつかせる。広い部屋のおかげで、羽がどこかに当たるという事はないが。あの羽が作り物だとしたらかなり精巧に出来ている。
《とにかく、オレは佑月くんの願いを叶えたから、帰るよ》
「え、待って。さっきから願いってなんの事? 俺何か願った?」
《さっきも言っただろ? 禁欲生活って。仁くんとのセックスがあまりにも激しくて、濃くて辛かったんでしょ? だから二人が絶対セックス出来ない状況を作ったんだ。仁くんの部下の真山くんと中身をチェーンジってね。期限は二週間だったんだけど、オレの都合で一週間延びてしまって、そこはごめんね》
ペロッとピンクの唇から赤い舌を覗かせて謝ってるつもりだろうが、佑月は完全にフリーズしていた。
《それじゃ、お二人さんいつまでもお幸せにね!》
「ま……!」
佑月が咄嗟に手を伸ばしたが、天使はキラキラのエフェクトを残して消えて行った。
沈黙が落ちる。
「あ……あの天使は何を言ってたんだろうね」
怖いから後ろを向けず、佑月はわざとらしい笑いを混じえて言う。
「佑月、こっちを向くんだ」
恐ろしい低音ボイスが、佑月を追い詰める。風呂に入ったばかりだというのに、汗が大量に吹き出る。
(怖い、怖い、こわい……)
佑月は必要以上に時間を掛けて、身体の向きを百八十度変えた。
「……」
ブリザードが吹き荒れる……というわけでもなく、ただ静かな無がそこにあった。これは相当切れている証拠だ。
「足に鎖をつけて、二度と外に出られないようにするか、今から俺の部屋に来るか。選べ」
「……」
選べときた。どちらも怖い。
二度と外に出さないのも須藤なら可能なことだ。佑月に嫌われる覚悟があっての、須藤の〝本気〟が見える。では、部屋は? 部屋に入るときっと抱き潰しに来て、二、三日は死ぬことになるのか。
佑月の本音は、どちらも怖すぎて選びたくないだ。だがどちらも選ばないは、絶対に許さないと須藤の目が言っていた。
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