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4. 容疑者 一条風吹4
地下鉄の入口を越えて、ハチ公の手前で待ち合わせた相手を見つけた。
白い半袖のシャツに、緩めたネクタイ。腕にスーツの上を掛けて、同じ様な服装の男たちと話している。
「タケー!」
探偵の手を離して、その背中に思い切り抱き着いた。
ぶぉっ、と奇妙な声を上げたタケは、首を傾けて振り返ると、頭を乱暴に撫で回してくる。
「フブキ、コノヤロー!ビックリしただろーが」
「んだよー、お前こそリーマンみてぇなカッコしやがってー」
「リーマンじゃなくて、地方公務員な。今時の女子大生に人気あんだぜー、安定の職業」
「あ、それよりタケ、これが連れの…」
ゴツンと音がして瞬間、頭に痛みが走った。
「いったぁ…」
頭を押さえてしゃがみ込む。
見上げると、涙の向こうに探偵の不機嫌な顔が滲んで見えた。
「なんだよもーっ、今紹介してやろうと思ってたのに」
「そんなことはどうでもいい。混んだ道で急に走り出すな」
「すぐ近くだったじゃん。別にはぐれないからいいだろ」
「それに君は、誰にでも直ぐにそうして抱きつくのか」
「誰にでもじゃないよ。タケ以外だったら高虎くらいだよ。葵君には一度腕ひねられちゃったから」
「………」
無言で大きな溜め息。
なんだよ、もう。
「幼稚園児か、君は」
「大人だよ!」
立ち上がって腰に手を当てる。
まったく、失礼な奴だな。タケ以外にも、初めてさんが何人もいるんだぞ。いつもみたいに子ども扱いされたらどうしてくれるんだ。
探偵を睨み上げていると、タケがコソコソと脇腹をつついてきた。
「えぇと…フブキ、コレか?」
首を腕で抱え込まれてこっそりと見せられたのは、立てた親指。
………ん…?
親指、なに…?
「お前のオトコ?」
「………はぁっ!?」
オトコ!?探偵が!?僕のオトコ!?
てか、なんで僕にオトコなんだよ!!そもそも俺が男だっつーの!!
「っばっっか!お前マジばっかじゃねーの!?何がどーしてそーなんだよ!!」
「いや、違ェならいーのよ、違ェなら」
「ちげーに決まってんだろ!あんま馬鹿言ってっとテメーの股間ぶっ潰して使いモンにならなくすんぞ」
「え~?それは困るー」
昔っからそうだ…昔っからこうなんだよコイツは。
フザケてちゃらちゃらかわしやがって。
冗談で押し倒された時も、こっちは真剣に怒ってんのにヘラヘラ笑って誤魔化されたんだっけ。
……成長しろよ、あれから10年以上も経ってんだからさ。ばかタケ。
「それよりさ、フブキ。お前が見かけによらず凶暴だから、皆ビビってる」
立てたままの親指を、背後に向ける。
タケの職場の仲間だという3人は、僕と目が合うと微妙な笑顔を浮かべた。
お前のせいで、第一印象最悪じゃねーか。
取り繕った笑顔を向けて、彼らに向かい直す。
「あの…、改めまして、市倉の高校時代の同級生の一条風吹です。それから、こっちは弟分の青山雪光です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、頭上に変な空気が渦巻いた。
わかるぞ…、この感じには、覚えがある。
「え?…弟分が…こっち??」
ほーらな!
「そう!僕がお兄ちゃん、青山が弟!」
「あ、でも一条さん、市倉さんと同級なんですよね?…てことは」
「28歳」
「えっ!?…って、今年9?俺の1コ下!?」
どこ行ってもこれだ。探偵が落ち着きすぎてる所為で、また僕の方が年下に思われた。
「フブキ、免許証持ってきたか?」
タケが笑いながら訊いてくる。
「え?財布に入ってるけど、僕お酒飲むから運転できないよ」
「居酒屋行くなら年齢証明が必要だろ」
「なっ……!いくら何でも未成年と間違われるわけないじゃんかー!!」
結局、僕だけが居酒屋の入口で止められ、身分証明の提示を求められた。
ゲイバーではスルーされたから、もう未成年者に間違われることからは卒業したのだと思っていた。
年齢を確認するなり、どえらい勢いで謝罪されたけれど。逆に失礼だけれども。
そしてタケは案の定、通された座敷で大笑いしながら遅れて入った僕と探偵を待っていた。
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