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5. 容疑者 一条風吹5
「つーかさ、髪伸びたよな」
タケの指先が髪の先をクルクルと絡め取る。
前に会ったのは、もう半年くらい前だったろうか。
「板前やってたお前が青山でビルの管理人やるって聞いたときは、何のネタかと思ってたけどさ」
「ネタってなんだよ、ネタって」
そもそも板前が既にネタだったんだよな、と思いだすようにタケが吹き出した。
「11月くらい?久々に会ったら自分のこと僕とか言ってさ、似合わなくて笑えたけど」
そりゃあ、ばあちゃんに無理やり矯正されたんだ。慣れなくて不自然だったろうさ。
「今じゃすっかりお上品が身に付いてるようで」
「そうかなぁ?……あ!でも周りにお金持ち増えたから、そのせいかも。青山もそうだし」
「だよな~、見るからにセレブって感じ」
「青山さんはお仕事は何を?」
一人静かに冷酒のグラスを口にしていた探偵は、向けられた質問に漸く顔をそちらへ向ける。
「探偵ですよ。一見さんお断りの」
「探偵?すげー!」
「一見さんお断りって、紹介者がいないと受けないってやつ?そんなんで儲かんの?」
「ええ。セレブしか相手にしませんから」
ニコリと口角を上げる。
「おー、スッゲー」
彼らは盛り上がっているけれど、どうやら探偵は機嫌を損ねてしまったらしい。
前に、セレブと言う言葉は国内では軽く使われがちだから嫌いなのだと言っていた。成金や一発屋と一緒にされたくないのだと。
まあ、お金持ちの世界にも色々あるのだろう。
だけど、彼らに悪意があるわけではない。それは判るから、
「雪光、何か食べたいものある?」
ちょっとだけ、機嫌取りに動いてやる。
「帰ってからで構わない」
それは、僕に帰ってからなにか作れと言ってるんだろうか。
「じゃあ、君は僕と半分こ。勝手に選んじゃうからね。つくねのタレと、生ハムサラダにオムライス」
「いらないと言っているのに」
ぼそりと呟いて、探偵は口許を緩ませた。
まったく、素直じゃないんだから。
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