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7. 昔の話2
「そうそう、フブキさん。市倉さんの高校時代ってどうだったんですか?」
「あ、それ俺も聞きたい。コイツ相当モテた様なこと言ってくんだけどさー」
後輩の棚橋君が口火を切ると、先輩の川上さんもそれに被せて訊いてくる。
「でも、うち入った当初は確かにモテてたかも」
同期の坂本君に、へえ…と返すと、彼はニヤリと口元を歪めた。
「アラフォーのお姉様方に」
「あっ、テンメェ坂本!人ん事ネタにすんなよな!」
僕を散々ネタにしてる奴が、どの口で言ってやがる。
「あー、でも、確かにタケ、高校の頃もモテてたかも」
「んだろー?」
「学食のおばちゃんとか、校門前の駄菓子屋のおばあちゃんとかに」
「おっまえ……フブキコノヤロー!」
「あははっ、ばーか、うちほぼ男しかいなかったじゃん。モテててもおかしいだろ、ばかタケー」
笑い飛ばしてやると、首に腕を回して軽く締められた。痛くない程度に。
久々に逢えて嬉しいのかな。じゃれてやがる。
でも、……そうだな。タケはおばちゃん達だけじゃなくて、当時はバイク仲間の女の子たちからも熱い視線を向けられてたかもしれない。
バイクに乗ってたコイツは、格好良かったから。
昔……昔か。
………そう、あの頃……。
僕に想いを伝えてくれた子も、1人だけいた。
彼女は今、何処でどうしているんだろう。
結婚して、子供もいて。
家族でしあわせに…暮らしてるのかな……。
「んでも、走ってるときはモテてたよね」
すこしだけ持ち上げてやると、タケはそれ見たことかと俄然勢いを取り戻した。
「だろ!?だから言ったろー、棚橋」
「走ってるときって、陸上でもやってたんすか?」
「いんや、バイクよバイク」
「成る程、一条君を非行へ走らせたのは君か」
盛り上がっている中、急に氷点下の声音。
コトリとグラスを置くと、探偵はタケに視線を向け、その目を鋭くした。
「だーかーら、僕は非行に走ってなんかないって言ってるだろ、雪光」
少し腰を浮かせて2人の視線の間に高さを合わせてから、探偵に「めっ」と言い聞かせる。
お前はちょっと顔をしかめるだけで物凄く兇悪になるんだから、今日は睨むの禁止。
「君は、あの時君に怒鳴られた私がどれだけの打撃を受けたか分かっていないのだ」
4月の、初めて僕が昔の自分を見せた一件が、未だ探偵の心に陰を落としているらしい。
拗ねた表情 で訴えてくるから、絆されそうになるけれど……
「もーっ、今日は喧嘩売るの禁止だからな。たまには皆と仲良くしなさい」
「………わかった。今日は君の顔を立てよう」
頷くまでの長い間が気になったけれど、渋々納得した探偵の頭をぽんぽんと撫でてやった。
タケが、ほー、と感心したように声を出す。
「ホントに弟分なのな。懐いてること」
「猛獣使い?」
川上さんもニヤニヤと頬を弛める。
「2人も青山に意地悪言わないの。折角雪光が珍しく人と仲良くしようとしてるんだよ」
「なに?青山君は他人と仲良くできない子?」
「そうだよー。僕10ヶ月近く一緒にいるけど、仲良いの正さんとママくらいだったもん」
「ママって、フブキ君のお袋さん?」
「違うよ!バーのママだよ!母親のことママなんて呼ばないよっ」
「えー?フブキさんなら別に可笑しくないっすけど」
「棚橋君まで!僕、男で大人だからね、可笑しいからね!!」
ち…ちくしょー。絶対タケが変なこと吹き込んだんだ!
「んじゃ、正さんってのは?」
タケに頬をつつかれると、口の中に溜まっていた空気がぷーっと吹き出た。
「正さんは、刑事さん」
「えっ!?お前まさか、昔よりパワーアップした悪事を…」
「だーかーら、探偵のって言ってるだろー!僕もう警察と追っかけっことかしてないもん。正さんは友達だし」
「え!?フブキさん、警察に追っかけられるような人だったの!?」
「違う違うっ!交通課とか少年課だから、全然ふつーふつー!成人してからはずっと大人しいし」
「何処が普通だ。一体何をしていたのだ、君は……」
話に入っていなかったはずの隣から、呆れたような視線を感じる。
「だって、タケだってそうだっただろ!?」
「俺、高校卒業と同時にそれ卒業したもーん」
「わっ、ずるい!僕ももう卒業して10年近く経ってるもん」
「いや、9年近く、じゃね?」
「市倉、フブキ君、そう言うのは耳くそ鼻くそを笑うって言うんだ」
川上さんが大人の顔をして指摘した。
「あ、じゃあ俺耳くそで、フブキが鼻くそな」
すかさずタケがそう言うから、
「ずるいずるい!僕も耳くそがいい!」
思わず食いついてしまう。
「ばっかでー、低次元の争い~」
坂本君が笑い出すと、川上さんも棚橋君もつられて腹を抱え笑った。
探偵の掌がぽん、ぽんと頭を撫でてくる。
見上げると、ほんの少し優しい表情を向けてくる。
って、なんだよその人を哀れむような目は。
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